一三(一七二)清滝川聖の事

現代語訳

  1. `昔、清滝川の奥に柴の庵を作って修行する僧がいた
  2. `水が欲しい時は水瓶を飛ばし、汲みにやって飲んだ
  3. `年月も長くなると
  4. `自分ほどの行者はあるまい
  5. `と時々慢心が起こった
  1. `そんな折、自分のいる上から水瓶が飛んで来て水を汲んだ
  2. `いったい何者がこんなことをしているのだろう
  3. `と嫉ましい気持ちになり
  4. `確かめよう
  5. `と思っていると、例の水瓶が飛んで来て、水を汲んでいった
  6. `その時、水瓶について行くと、上流へ五・六十町上ったあたりに庵が見えた
  1. `行って見れば、間口三間ほどの庵があった
  2. `持仏堂を別にきちんと拵えてある
  3. `なんとも実に貴い
  4. `小綺麗にして住んでいる
  5. `庵にみかんの木がある
  6. `木の下に往復した跡がある
  7. `閼伽棚の下に花の枯れたのが多く積もっている
  8. `敷石の周囲は苔むしている
  9. `年季が入っていて見事である
  10. `窓の隙間から覗けば、机には多くの経があり、巻きさしのものもある
  11. `絶え間なく香の匂いが満ちている
  12. `よく見ると、齢七、八十ほどの貴げな僧が、五鈷杵を握り、肘掛けに寄りかかって眠っていた
  1. `この聖を試してみよう
  2. `と思い、こっそり近寄り、火界呪を唱えて加持を行った
  3. `火焔がたちまち起こって庵についた
  4. `聖は、眠りながら散杖を持つと、閼伽に浸し、四方に注いだ
  5. `その時、庵の火は消えて、自分の衣に火がつき、みるみる焼けていく
  6. `下の聖は大声でわめきうろたえていると、上の聖は目を開けて、散杖を持ち、下の聖の頭に注いだ
  7. `すると火は消えた
  1. `上の聖は
  2. `なぜこんな目に遇わねばならぬのか
  3. `と訊く
  4. `そこで
  5. `私は長年、川のほとりに庵を結び、修行をしている者です
  6. `この頃、水瓶が来て、水を汲んで行くので
  7. `どんな人がおいでなのか
  8. `と思い
  9. `確かめよう
  10. `と参りました
  11. `少々試してみよう
  12. `と加持をしたのです
  13. `お許しください
  14. `今日より御弟子になってお仕えしましょう
  15. `と答えたが、聖は
  16. `この人は何事を言うのか
  17. `とも思わぬ様子であったという
  18. `下の聖は
  19. `我ほど貴い者はない
  20. `と驕慢の心があったので、仏が憎み、それに勝る聖をつくり、引き合わせたのだと語り伝えている