四一六三亀を買ひて放す事
現代語訳
- `昔、天竺の人が宝を買うため、五十貫を子供に持たせた
- `大きな川のほとりを歩いていると、舟に乗っている人がいた
- `舟の方を見ると、舟から亀が首を出していた
- `金を持った子供は立ち止まり、その亀を
- `どうするのですか
- `と尋ねると
- `殺して物を作る
- `と言った
- `その亀を買いたい
- `と言うと、この舟の人は
- `大切な理由があって手に入れた亀だから、いくら高くても譲れない
- `と断るので、さらに強く手を擦って頼み、この五十貫の銭で亀を買い取り、逃がしてやった
- `心中でこう思った
- `親が、隣の国で宝を買うために持たせた銭を、亀を買うのに使ってしまっては、親にどれほど叱られるだろう
- `それでも、親のもとへ帰らないわけにはいかないので、仕方なく帰ろうとすると、その途中ですれ違う人から
- `ここであなたに亀を売った人は、川下で舟が転覆して死んでしまったぞ
- `と聞かされ、親のところへ帰って、持たされた銭で亀を買ってしまった話をしようと思っていると、親が
- `どうしてこの銭を私に返したのだ
- `と訊くので、子供が
- `そのようなことはしていません
- `持たされたお金は、しかじかのことがあって亀を買って放してやったので、そのことを話すのに戻ってきたんです
- `と言えば、親が
- `さっき、黒い衣を着た同じような姿の人が五人、各十貫ずつ私に届けに来た
- `これがそうだ
- `と言って、子供に見せたその銭はまだ濡れていた
- `それは、買って放してやった亀が、銭が川に落ちたのを見て拾い、親のもとへ子供が帰る前に渡したものであった