(六〇)進命婦清水寺詣の事

現代語訳

  1. `昔、進命婦が若かった頃、常に清水へお参りしていたが、その時の師は不犯の僧であった
  2. `齢八十になる
  3. `法華経を八万四千部読み奉った者である
  1. `ところが、この女を見て欲心を起こし、たちまち病になって死にかけたため、弟子たちは不審に思い
  2. `この病のご様子はただごとではありません
  3. `なにかお悩みのことでもあるのですか
  4. `仰せにならないのはよくないことです
  5. `と訊いた
  6. `すると
  7. `実は、京より御堂へ参られる女と、近づき親しくなって
  8. `話をしたい
  9. `心憂き事なり
  10. `なんともつらい
  11. `と語った
  1. `そこで弟子の一人が進命婦のもとへ行き、その由を話すと、女はほどなくしてやって来た
  2. `病人は剃髪もせずに長年過ごしてきたので、髭や髪は銀針を立てたようで、鬼のごとくであった
  3. `しかし、女は恐れる気色もなく
  4. `長年師と仰いだ心は浅いものではありませんから、どうして仰せに背いたりするでしょう
  5. `ご自身がそうなってしまう前に、なぜ仰ってくださらなかったのでしょうか
  6. `と言えば、僧は、抱き起こされつつ数珠をとって押し揉みながら
  7. `嬉しいかな、よう参られた
  8. `八万余部を読み奉った法華経の最も重要な一文を御前に奉る
  9. `俗人をお生みになるならば、関白、摂政をお生みなされよ
  10. `女をお生みになるならば、女御、后をお生みなされよ
  11. `僧をお生みになるならば、法務の大僧正をお生みなされよ
  12. `と言い終え、そのまま死んでしまった
  1. `その後、この女は、宇治殿・藤原頼通の寵愛を受け、はたして京極大殿・藤原師実、四条宮・藤原寛子、三井寺の覚円座主をお生みになったという