(五九)三河入道の遁世世に聞ゆる事

現代語訳

  1. `三河入道・寂昭がまだ俗人であった折、もとの妻を去りつつ、若く美しい女に懸想して、それを妻にして三河へ連れて下ると、その女は久しく患い、美貌も衰えて死んでしまったが、それでも、悲しさのあまりに葬送もせず、夜も昼も語らい臥して、口を吸ったりしていたところ、ひどい臭いが口から出てきたので、疎ましい気持ちが生まれ、泣く泣く葬った
  2. `それから
  3. `世は憂いものだ
  4. `と思うようになり、三河国では風祭ということをしていたが、生贄として猪を生きたまま捌くのを見て
  5. `この国から出て行こう
  6. `と思う気持ちになった
  1. `雉を生け捕りにして人が出てきたのを
  2. `では、この雉を生きたまま料理して食おう
  3. `味がいいかどうかもう少しみてみよう
  4. `と言えば
  5. `なんとか気に入られたい
  6. `と思っている何もわかっていない郎等が
  7. `実によさそうです
  8. `どうして味のよからぬはずがありましょう
  9. `などと世辞を言った
  10. `少しものの心を知る者は
  11. `あさましいことを言う
  12. `などと思った
  1. `こうして目の前で生きながら羽根を毟らせると、しばらくはばたばたしていたが、押さえ込んで毟りに毟れば、鳥が目から血の涙を流し、目を瞬かせながらこの者あの者と目を合わせるのを見て、堪えきれずに立ち退く者もあった
  2. `こいつはこんなに鳴くぞ
  3. `と笑い興じながら冷酷に毟る者もあった
  4. `毟り終えてさばかせれば、刃に従って血がどくどくと出てくるので、拭い拭いさばけば、鳥はひどく耐え難そうな声を出して死に果てたので、さばき終えて
  5. `熬り焼きなどして、試食してみよ
  6. `と人々に食べさせると
  7. `格別の味です
  8. `死んだのをさばいて熬り焼きしたものより、こちらの方が美味です
  9. `などと言うので、それをつくづくと見聞きし、涙を流し、声をあげて喚くと
  10. `うまい
  11. `などと言っていた者たちは当てが外れてしまった
  1. `そして、そのままその日のうちに国府を出、京へ上って法師になった
  2. `道心が起こったので、しっかりと心を固めようと、このような稀有なことをして見たのである
  1. `物乞いをしていると、ある家で、見事な食事を庭に畳を敷いて食べさせてくれたので、その畳の上で食おうとしたとき、簾を巻き上げた内によい装束を着た女がいるのが見えたが、それは自分の去ったかつての妻だった
  2. `そこの乞食め、こうなるのを見ようと思っていたよ
  3. `と言って見交わすのを、恥ずかしいとも苦しいとも思う気色なく
  4. `ああありがたい
  5. `と言い、食事をしっかり食って帰った
  6. `稀に見る心である
  7. `道心を固く起こしていたので、このような目に遭っても苦しいと思わなかったのである