(三七)鳥羽僧正国俊と戯れの事

現代語訳

  1. `これも昔の話、法輪院の大僧正で覚猷という人がいた
  2. `その甥の陸奥前司の国俊が僧正のもとへ行き
  3. `参ったぞ
  4. `と言うと
  5. `ただいま参る
  6. `そこでしばし待たれよ
  7. `との伝えがあって待っていたが、二時ほど待ってもまだ出てこないので、だんだん腹が立ってきて
  8. `もう帰ろう
  9. `と思い、供に連れて来た雑色を呼び、現れたところに
  10. `沓を持って来い
  11. `と言い、持ってこさせたのを履き
  12. `帰るぞ
  13. `と言えば、この雑色が
  14. `僧正の御坊が
  15. `陸奥殿に言ったら
  16. `早く乗れ
  17. `と言っておったぞ
  18. `その車を引いてこい
  19. `
  20. `小御門から出る
  21. `との仰せでしたので
  22. `御用に行かれるのか
  23. `と、牛飼の童をお貸ししたところ
  24. `待っていてくださいと言え
  25. `二時間ほどだ
  26. `じきに戻って来る
  27. `と早々にお出かけになり、かれこれ二時間が過ぎました
  28. `と言うので
  29. `おまえは不覚な奴だ
  30. `御車をこのようなわけでお召しでございます
  31. `と私に尋ねて貸すものだ
  32. `不届き者め
  33. `と言うと
  34. `縁の遠い方でもございません
  35. `尻切をお履きになって
  36. `きっちりと断ってある
  37. `と仰ったので、それ以上は申し上げられませんでした
  38. `と言ったため、国俊は待ち部屋へ戻りながら
  39. `どうしてくれよう
  40. `と思案するうち、僧正は習慣で湯船に藁を細々と切って一杯入れ、その上に筵を敷き、歩き回った後、ためらわず湯殿へ行って裸になり
  41. `えさいかさいとりふすま
  42. `と言って、湯船にさっと仰向けになることを思い出した
  1. `陸奥前司が、そこへ行って筵を引きあげて見れば、たしかに藁を細かく切って入れてある
  2. `それを湯殿の垂れ布を解き下ろしたところへ、藁を全部入れてしっかり包み、湯船には湯桶を下に入れ、その上に碁盤を裏返しに置き、筵を敷いて被せ、なにもなかったかのように、垂れ布に包んだ藁を大門の脇に隠して待っていると、四時間あまり経って、僧正が、小門から戻ってくる音がするので、すれ違いに大門へ出、帰りの車を呼び寄せて、牛の尻にこの包んだ藁を入れ、屋敷へ急いで帰り、降りてから
  3. `この藁を、あちこち歩いて腹を減らした牛に食わせよ
  4. `と、牛飼の童に渡した
  5. `僧正は例のごとく、衣を脱ぐ間もなく、例の湯殿へ入り
  6. `えさいかさいとりふすま
  7. `と言って飛び込み、仰向けに、なにも考えずに寝たところ、碁盤の脚の突き出たところにしたたか尾てい骨を突いてしまい、年をとっていたこともあって、まるで死んだように、そっくり返って倒れ、その後うんともすんとも言わないので、側近の僧が近寄ってみれば、目をつり上げて卒倒していた
  8. `これはどうなされた
  9. `と言っても、返事がない
  10. `寄って顔に水を吹きかけると、しばらくして、虫の息でうわごとを言った
  11. `このいたずらは度が過ぎていたのではなかろうか