一三(三一)成村強力の学士に逢ふ事

現代語訳

  1. `昔、成村という相撲がいた
  2. `国々の相撲が京に集い、相撲節を待っていたときのこと、朱雀門に集まって涼んでいた折、その界隈へ遊び行くのに式部省大学寮の東門を過ぎて南へ向かおうとすると、大学寮の衆もあまた東門に出て涼んでいて、この相撲らが通り過ぎようとするのを通すまいと
  3. `静かにしろ
  4. `やかましい
  5. `と言って立ち塞がり、通さずにいるので、やはり身分の高い所の衆のすること、無理に通れずにると、ひときわ立ちはだかって制止する、背丈の低い人より少し良い冠や袍を着けた者がいるのを成村は見つめていた
  6. `さあさあ帰ろう
  7. `と、もとの朱雀門に帰った
  1. `その場所で
  2. `この大学寮の衆は憎い奴らだ
  3. `なんのつもりで我らを通すまいとするのか
  4. `押し通ってやろうとも思ったが、ともあれ今日は通らず、明日通ろうと思う
  5. `背丈の低い、とりわけ
  6. `静かにしろ
  7. `と言って通すまいと立ち塞がった男は憎い奴だ
  8. `明日通るときもきっと今日と同じようにするだろう
  9. `おまえ、その男の尻鼻を血が出るほど必ず蹴飛ばしてくれ
  10. `と言うと、言われた相撲は脇を掻きながら
  11. `おれが蹴ったら生きてはいないぞ
  12. `力ずくでいこう
  13. `と言った
  14. `この
  15. `尻を蹴れ
  16. `と言われた相撲は、評判の力は人より勝れ、走るのも速いことなどを見て、成村も言うのだった
  17. `そうして、その日は各々家々へ帰った
  1. `次の日になり、昨日来なかった相撲などをあまた呼び集め、向うに負けぬ数になって通ろうと企てていると、大学寮の衆もそれを心得ていたのか、昨日より人が増えて、喧しく
  2. `静かにしろ
  3. `と怒鳴るので、この相撲らも群がって歩みかかった
  4. `昨日ひときわ阻んでいた大学寮の者は、いつものことなので、ひときわ大路の真ん中に立ち
  5. `通さんぞ
  6. `という気配を見せた
  7. `成村が
  8. `尻を蹴れ
  9. `と言った相撲に目配せをすると、この相撲は人より背が高い上に非常に若く勇み肌だったので、括り緒を高らかに掻き上げて歩み寄った
  10. `それに続いて他の相撲も強引に押し通ろうとすると、この衆も通すまいとしたので、尻を蹴ろうとする相撲が怒鳴る衆に走りかかり、蹴倒そうと足を高く持ち上げたが、この衆が見逃さず背を丸めてかわしたので蹴り外してしまい、足が高く上りのけぞった格好になったところを、その足を大学寮の衆がつかんだ
  11. `そして、その相撲を人が細い杖などを持つようして引っさげ仲間の相撲に走りかかってきたので、見ていた傍らの相撲は逃げ、それを追いかけて手に下げた相撲を投げつければ、振り抜いて、相撲は二・三段ほど投げられて倒れ伏した
  12. `身は砕け、起き上がることもできなくなった
  13. `そんなことなど気にもせず、成村の方へ走りかかって来たので、成村はそれを見て逃げた
  14. `夢中で追って来るので、朱雀門の方へ走って脇の門から駆け込んだが、すぐに追いつき走りかかって来た
  15. `捕まってしまう
  16. `と思い、式部省の築地を越えるとき、引き止めようと手を差し出したが、越えるのが早くて足場をとらえられず、片足が少し下がってしまい、沓をくわえたままとらえられたので、沓の踵に足の皮をつけたまま、沓の踵を刀で切ったように引き切れてしまった
  17. `成村が築地の内に越え立って足を見れば、血が流れて止まる様子もない
  18. `沓の踵は切れてなくなってしまった
  19. `自分を追って来た大学寮の衆はあきれるほどの怪力の持ち主らしい
  20. `尻を蹴ろうとした相撲をも杖のように扱い投げ砕いてしまった
  21. `世の中は広いからこんな者もいるのだから恐ろしいものである
  22. `投げられた相撲は死にかけていたので、物に入れて背負い運んで行った
  23. `成村は、味方の中将に
  24. `これこれのことがありました
  25. `あの大学寮の連中はものすごい相撲であるようです
  26. `成村といえども手合わせする気になりません
  27. `と語ると、味方の中将は宣旨を申し出
  28. `式部の省であっても、その道に勝れているということならば、ましてや大学寮の衆ともあらば、召すことに何の差し支えもあるまい
  29. `と、あちこち尋ねたが、その人が誰とも知れぬままに終わってしまった