一〇(六二)篤昌忠恒等の事

原文

  1. `これも今は昔民部大輔篤昌といふ者ありけるを法性寺殿御時蔵人所の所司に義助とかやいふ者ありけり
  2. `件の篤昌を役に催しけるを
  3. `我はかやうの役はすべき者にもあらず
  4. `とて参らざりけるを所司小舎人を数多つけて苛法に催しければ参りにけり
  1. `さて先づ
  2. `この所司に物申さん
  3. `と呼びければ出で合ひけるにこの世ならず腹立ちて
  4. `かやうの役に催し給ふはいかなる事ぞ
  5. `篤昌をばいかなる者と知り給ひたるぞ
  6. `承らん
  7. `と頻りに責めけれど暫しは物も云はで居たりけるを叱りて
  8. `述給へ
  9. `先づ篤昌がありやう承らん
  10. `といたう責めければ
  11. `別の事候はず
  12. `民部大夫五位の鼻赤きにこそ知り申したれ
  13. `と云ひたりければ
  14. `をう
  15. `と云ひて逃げにけり
  1. `またこの所司が居たりける前を忠恒と云ふ随身ことやうにてり通りけるを見て
  2. `わりある随身の姿かな
  3. `と忍びやかに云ひけるを耳く聞きて随身所司が前に立ち返りて
  4. `わりあるとはいかに述給ふ事ぞ
  5. `と咎めければ
  6. `我は人の理の有りなしもえ知らぬに只今武正府生の通られつるをこの人々
  7. `わりなきものの様体かな
  8. `と言ひ合はせつるに少しも似給はねば
  9. `さてはもしわりのおはするか
  10. `と思ひて申したりつるなり
  11. `と云ひたりければ忠恒
  12. `をう
  13. `と云ひて逃げにけり
  14. `この所司をば
  15. `あら所司
  16. `とぞ付けたりけるとか