九五山の霊異、魂の行方

原文

  1. `松崎の菊池某と云ふ今年四十三四の男、庭作りの上手にて、山に入り草花を掘りては我が庭に移し植ゑ、形の面白き岩などは重きを厭はず家に担ひ帰るを常とせり
  2. `或日少し気分重ければ家を出でて山に遊びしに、今までつひに見たることなき美しき大岩を見付けたり
  3. `平生の道楽なれば之を持ち帰らんと思ひ、持ち上げんとせしが非常に重し
  4. `も人の立ちたる形して丈もやがて人ほどあり
  5. `されどほしさの之を負ひ、我慢して十間ばかり歩みしが、気の遠くなる位重ければ怪しみを為し、路のに之を立て少しくもたれかかるやうにしたるに、そのまま石と共にすつと空中に昇り行く心地したり
  6. `雲より上になりたるやうに思ひしが実に明るく清き所にて、あたりにいろいろの花咲き、しかも何処とも無く大勢の人声聞えたり
  7. `されど石は猶昇り行き、には昇り切りたるか、何事も覚えぬやうになりたり
  1. `其後時過ぎて心付きたる時は、やはり以前の如く不思議の石にもたれたるままにてありき
  2. `此石を家の内へ持ち込みては如何なる事あらんも測りがたし
  3. `と、恐ろしくなりて遁げ帰りぬ
  1. `この石は今も同じ所に在り
  2. `折々は之を見て再びほしくなることありと云へり