一 兵法の道という事

現代語訳

  1. `漢土や本朝までも、この道を行う者を
  2. `兵法の達者
  3. `と言い伝えている
  4. `武士として、この法を学ばず、ということはあってはならない
  1. `近頃
  2. `兵法者
  3. `と称して世を渡る者があるが、これは剣術がひと通りできるだけのことである
  4. `常陸国鹿島・下総国香取の社人達が、明神の伝え
  5. `として諸々の流派を立てて国々を回り、人に伝えているが、これは近年のはなしである
  6. `昔から十能・七芸とある中で
  7. `利方すなわち利をもたらす方法や手段
  8. `といって、芸に該当してはいるが
  9. `利方
  10. `と言い出す以上は剣術ひと通りに限ってはならない
  11. `剣術一辺の利に留まっていてはその剣術も知り難い
  12. `もちろん兵の法には敵うべくもない
  1. `世の中を見るに、諸芸を売物に仕立て、己の身を売物のように思い、諸道具にしても売物にえる、といった心算が窺えるが、それでは花と実とのにして、花よりも実が少ないようなものである
  2. `とりわけ、この兵法の道に、色を飾り、花を咲かせて、術をい、あるいは
  3. `一の道場
  4. `あるいは
  5. `二の道場
  6. `などと言って、師はこの道を教え、弟子はこの道を習って
  7. `利を得よう
  8. `と思うのは、誰かの言った
  9. `生兵法は大怪我の基
  10. `本当であろう
  1. `およそ人の世を渡ることとは、士農工商という四つの道である
  2. `一つには、農の道
  3. `農民は色々な農具を設け、四季の移ろいへの心配りに暇なくして春秋を送ること、これ農の道である
  4. `二つには、の道
  5. `酒を作る者は、それぞれの道具を求め、その品の善し悪しの利を得て渡世を送る、いずれも商の道
  6. `その身その身の稼ぎ、その利を以て世を渡るのである、これ商の道
  7. `三つには、士の道
  8. `武士においては、様々な兵具を拵え、兵具品々の徳すなわち特長を弁えることこそ武士の道であろう
  9. `兵具をも嗜まず、その具々の利をも覚えぬのは、武家として少々嗜みが浅くあるまいか
  10. `四つには、工の道
  11. `大工の道においては、種々様々の道具を工夫して拵え、その具々をよく使い覚え、墨矩を以てその指図すなわち設計を正し、暇もなくそのわざをして世を渡る、これ士農工商四つの道である
  1. `兵法を大工の道に譬えて言い表してみる
  2. `大工に譬えるのは
  3. `
  4. `というものに紐付けてのはなしだからである
  5. `公家、武家、藤原氏の南家・北家・式家・京家の四家、その家の滅亡、家の存続、といったことを
  6. `何流
  7. `
  8. `何家
  9. `などと言うので
  10. `
  11. `という言葉から大工の道に譬えたのである
  12. `大工
  13. `
  14. `大いにたくむ
  15. `と書くが、兵法の道は
  16. `大いなるたくみ
  17. `であるから、大工に言いえて書き表すのである
  1. `兵の法を学ぼうと思ったならば、この書を読んで思案して、師は針、弟子は糸となって、絶えず稽古あるべきものである