巻第十二 第十九 偸盗 二十 第四四六段 を読み解く

原文と現代語訳

  1. 横川の恵心僧都の妹安養の尼のもとに強盗入りにけり
  2. 物ども皆取りて出でにければ尼上は紙ぶすまといふものばかりを著て居られたりけるに姉なる尼のもとに小尼君とてありけるが走りまゐりて見ければ小袖をひとつ取り落としたりけるを取りて
  3. これを盗人取り落として侍りけり
  4. 召し奉れ
  5. とて持ちて来たりければ尼上のいはれけるは
  6. これも取りて後は我物とこそ思ひつらめ
  7. ぬしの心ゆるさざらんものをばいかが著るべき
  8. 盗人はいまだ遠くはよも行かじ
  9. とくとく持ちておはしまして取らさせ給へ
  10. とありければ門の方へ走り出て
  11. やや
  12. と呼び返して
  13. これを落されにけり
  14. たしかに奉らん
  15. と云ひければ盗人ども立ちとまりてしばし案じたりける気色にて
  16. あしくまゐりにけり
  17. とて取りたりける物どもをもさながら返しおきて帰りにけりとなん
  1. 比叡山延暦寺・横川中堂の恵心僧都の妹・安養の尼の住まいに強盗が入った
  2. 物を皆奪って出て行った後、尼上が紙衾というものだけをまとっていたところ、姉である尼のもとに小尼君というのが駆けつけて見回し、小袖をひとつ取り落としたのを拾って
  3. これを盗人が落としていきました
  4. お召しください
  5. と持って行くと、尼上は
  6. これも盗った以上は我が物だと思っているでしょう
  7. 持ち主が許可しないものを着るわけにはいきません
  8. 盗人はまだ遠くへは行っていないはずです
  9. 急いで持って行ってさしあげ、お渡ししなさい
  10. と言うので、門の方へ走り出て
  11. あの
  12. と呼び返して
  13. これを落とされました
  14. たしかにお渡ししましたよ
  15. と言うと、盗人どもは立ち止まり、しばし何か考えていた様子で
  16. 悪しく参りにけり
  17. と、奪った物をそっくり返して帰っていったという

読解

恵心僧都の妹というところが鍵です。

小尼君は、先に出ていった強盗どもを探し出し、奪い損ねた小袖を「はいどうぞ」と追銭しています。連中はさぞかし薄気味悪かったに違いありません。なにしろ恵心僧都・源信は仏教における刑務所である地獄の教えを説いた人物です。そういう人の身内から物を奪ったらどうなるか、追いかけてきてまで先方から物をよこすほどだ、これはえらいことになるかもしれん、そんなことを考え、血の気が引いて返したのではないでしょうか。「あしくまゐりにけり」は、「まずい所に参上したものだ」と「よからぬ作法だがこれを差し上げる」の両意を込めた言葉と考えられます。尼上の廉直な心に感じ入るくらいならそもそも身ぐるみ剥いだりしないでしょう。尼上の言葉も、小尼君の行動も、地獄を恐れているが故、と考えるとみな合点がいきます。

地獄については、彼の書往生要集に記されています。