(一八〇)北面の女雑仕六の事

現代語訳

  1. `これも昔の話、白河院の時代、北面の雑役に利発な女がいた
  2. `名を
  3. `
  4. `といった
  5. `殿上人たちがもてなし興じることがあったが、雨がそぼ降り、退屈な日、ある人が
  6. `六を呼んで退屈しのぎをしよう
  7. `と使いを遣り
  8. `六を呼んで来い
  9. `と言えば、ほどなくして
  10. `六を呼んで参りました
  11. `と返事があったので
  12. `向こう側から、客間へ連れて来い
  13. `と伝えると、侍が出て来て
  14. `こちらへおいで下さい
  15. `と言ったところ
  16. `不相応にございます
  17. `などと言うので、侍は戻り
  18. `呼び出したのですが
  19. `不相応にございます
  20. `などと申し、恐縮しております
  21. `と言えば
  22. `辞退したいんだな
  23. `と思い
  24. `なぜそう言うのか
  25. `すぐに来い
  26. `と命じたが
  27. `なにかの間違いでございましょう
  28. `これまで院へ参ったこともありませんのに
  29. `と言うので、居合わせた多くの人々も
  30. `すぐに参れ
  31. `わけでもあるのか
  32. `と責めるので
  33. `畏れ多いことですが、お召しですから
  34. `と言って参上した
  1. `この主が見てみると、刑部録という、鬢や髭に白髪の混じった、木賊の狩襖と袴を着た庁官が、きちんとした身なりで衣擦れの音をさせ、扇を笏のように両手で捧げ、少し俯き加減でうずくまっている
  2. `なんとも言いようがない
  3. `黙っていると、この庁官はいよいよかしこまってひれ伏している
  4. `主はそのままにもしておけないので
  5. `これ、庁にはまだ誰かおるのか
  6. `と尋ねると
  7. `誰それ、彼それ
  8. `と言った
  9. `まったくわけがわからぬまま庁官はずるずると後ずさっていく
  10. `この主は
  11. `このように宮仕えするとは殊勝である
  12. `必ず名を院にお見せする
  13. `早う下がれ
  14. `と言って帰らせた
  15. `六は、後にその話を聞いて笑ったという