(一六〇)上緒の主金を得る事

現代語訳

  1. `昔、兵衛佐だった人がいた
  2. `冠の上緒が長かったので、世の人は
  3. `上緒の主
  4. `とあだ名をつけた
  5. `西の八条と京極との間の畑の中に粗末な小家が一軒あった
  6. `その前を通り過ぎようとするとき夕立に遭ったので、この家へ馬から下りて入った
  7. `見れば、女が一人いる
  8. `馬を引き入れ、夕立をやり過ごすのに、平たく小さい唐櫃のような石があったのでそれに腰掛けていた
  9. `小石を持ち、この石を手慰みに叩いていたが、打たれてくぼんだ部分を見ると金色になった
  10. `珍しいことだ
  11. `と思い、はげたところに土を塗って隠し、女に訊いた
  12. `この石は何の石か
  13. `女は
  14. `何の石でしょうか
  15. `昔からここにこうしてあります
  16. `昔、ここは長者の屋敷でした
  17. `この家は蔵などの跡地だったのです
  18. `と言う
  19. `たしかに、見れば、大きな礎の石などがある
  1. `そして
  2. `そのお掛けになっている石は、その蔵の跡を畑にするのに畝を掘るうち、土の下から掘り出されたものです
  3. `それがこのように屋内にあるものですから、除けたいとは思うのですが、女は力が弱いものです
  4. `除けようもないので、癪に障りながらもこうして置いてあるのです
  5. `と言うので
  6. `我がこの石をいただこう
  7. `後で目の利く者が見つけるかもしれん
  8. `と思い、女に
  9. `この石を私が取ってやろう
  10. `と言うと
  11. `それは助かります
  12. `と言うので、この付近で見知っている下人に荷車を借りに行かせ、積んで出ようとしたとき、綿入れを脱いで、ただ取ろうとするのは心苦しく思えたため、この女に渡した
  13. `わけもわからず、騒ぎ惑う
  14. `この石は、女たちにはつまらぬ物と思うが、我が家に持って行けば使い道がある
  15. `だから、ただもらうのでは心苦しいので、こうして衣を与えるのだ
  16. `と言うと
  17. `思いがけないことです
  18. `不用の石の代わりに大切な宝の見事な御衣を頂戴するとは
  19. `ああ恐ろしい
  20. `と言って、そばの棹に掛けて拝んでいた
  1. `そうして車に乗せて家に帰ると、打ち欠きつつ売っては物を買い、米・銭・絹・綾などをたくさん手に入れて、大変裕福な人になり、西の四条よりは北、皇嘉門よりは西に、人も住まないぶよぶよとぬかるんだ沼地が一町ほどあったが
  2. `そこは買っても値は張るまい
  3. `と思い、安値で買った
  4. `主に
  5. `土地の主は、役に立たない沼地なので、畑も作れまい、家も建てられまい、益のない所だ
  6. `と思っていたので
  7. `安値でも買おう
  8. `と言う人をたいへんな好事家だと思って売った
  1. `上緒の主はこの沼地を買い取ると、摂津国へ行った
  2. `舟を四、五艘ほど廻して難波あたりへ行った
  3. `酒や粥などを多く用意し、次に鎌を用意した
  4. `行き交う人を招き集め
  5. `この酒・粥を召し上がれ
  6. `と言い
  7. `その代わり、この葦を刈って、少しずつもらい受けたい
  8. `と言うと、喜んで集まった人々は四・五束、十束、二・三十束と刈って渡した
  1. `こうにして三、四日刈らせると山の如くに刈れた
  2. `それを舟十艘くらいに積んで京へ上った
  3. `酒を多く用意したので、上る途中でこの下人らに
  4. `手ぶらで行くよりはこの綱を引け
  5. `と言うと、下人らは酒を飲みながら手綱を引いて、すみやかに賀茂川下流の船着き場へ付けた
  6. `そこから、車借に物を与えつつ、その葦をこの沼地に敷き、下人らを雇って、その上に土を盛り、家を思うままに造った
  7. `南の町は大納言・源貞という人の家、北の町はこの上緒の主が埋めて造った家であった
  8. `それをこの貞大納言が買い取り、屋敷を二町に広げたのである
  9. `それがいわゆる現在の西の宮である
  10. `このことを話した女の家にあった金の石を取り、それを元手として造った家である