一〇(一三三)日蔵上人吉野山にて鬼に逢ふ事

現代語訳

  1. `昔、吉野山の日蔵上人が吉野の奥で修行なさっていたときのこと、体は紺青色をし、頭髪は火のごとくに赤く、首は細く、胸骨はひどくあらわでごつごつし、腹は膨れ、脛の細くなった、身の丈七尺ほどの鬼が、この修行者に合い、手を擦り合わせてひたすら泣く
  2. `おまえは何をする鬼か
  3. `と問えば、鬼は涙にむせびつつ
  4. `自分は、四・五百年前は人間でしたが、人に対して恨みを抱えるうちに、このような鬼の身となってしまいました
  5. `その敵は思い通りに殺してきました
  6. `その子や孫・曾孫・玄孫に至るまで、ひとり残らずとり殺し果て、もはや殺すべき者もなくなりました
  7. `そこで、なお、彼らの生まれ変わった後まで捜し求め、取り殺そうと思いはするものの、次々に生まれ変わる先は知る由もないので、取り殺しようがありません
  8. `怨恨の炎が燃え盛る傍らで、敵の子孫は死に絶えました
  9. `自分ひとり、尽きせぬ怨恨の炎に燃え焦がれ、やるせない苦しみだけを受け続けているのです
  10. `このような心さえ起こらなければ、極楽天上にも生まれたことでしょう
  11. `特に、恨みを抱え、このような身と化し、計り知れない長い年月の苦を受けることは、なすすべもなく悲しいものです
  12. `人に対して恨みを抱くというのは、我が身に返って受けるということだったのです
  13. `敵の子孫は死に絶えました
  14. `自分の命には果てがありません
  15. `もっと前にこのことを知っていたなら、こんな恨みを抱くことはなかったでしょう
  16. `と語り、涙を流して、ひたすら泣いた
  17. `その間、頭からは炎がめらめらと燃え出ていた
  18. `そうして、山の奥の方へと入っていった
  19. `そこで日蔵上人は、気の毒に思い、鬼のため、さまざまな罪の滅ぶべきことなどをなさったという