(一〇三)東大寺華厳会の事

現代語訳

  1. `これも昔の話、東大寺に恒例の大法会があった
  2. `華厳会
  3. `と言う
  4. `大仏殿の中に高座を設け、講師が登り、堂の後ろからかき消すようにして逃げ出すのである
  1. `古老が伝えて曰く
  2. `御堂建立のはじめ、鯖売りの翁が来た
  3. `ここに願主の聖武帝が、召し留め、大会の講師とした
  4. `売り物の鯖を経机に置いた
  5. `変じて八十華厳経となった
  6. `そして、講説の間、梵語をむにゃむにゃ喋った
  7. `法会の半ば、高座において、たちまち失せ終えた
  8. `また曰く
  9. `鯖を売る翁は、杖を持ち、鯖を背負った
  10. `その鯖の数八十、それが変じて八十華厳経となった
  11. `件の杖の木は、大仏殿の内・東回廊の前に突き立っていた
  12. `たちまち枝葉を出した
  13. `これは白榛の木である
  14. `今、伽藍の盛衰に従い、この木も栄え枯れるという
  15. `かの法会の講師が、この頃でも、半ばに高座から降りて、後戸からかき消すようにして出て行くのは、これを真似ているのである
  16. `その鯖の杖の木は、三、四十年前頃までは、葉は青く繁っていた
  17. `その後なお、枯れ木になっても立っていたが、この度平家の放った火で焼けてしまった
  18. `世の末である
  19. `と口惜しがった