(七四)陪従家綱行綱互に謀りたる事

現代語訳

  1. `これも昔の話
  2. `地下の楽人などその程度だ
  3. `とは言いながら、これは世に並びなきほどの猿楽である
  1. `堀川院の時代、内侍所の御神楽の夜
  2. `今夜、面白いことを仕れ
  3. `との仰せがあったので、職事が家綱を召してその由を伝えた
  4. `承り
  5. `何をしようか
  6. `と思案し、弟の行綱を片隅へ招き寄せ
  7. `このようなことを仰せ下されたので、考えたことがあるのだが、どうだろう
  8. `と言うと
  9. `どのようなことをなさるつもりですか
  10. `と言うので、家綱は
  11. `庭火を明るく燃やし、袴を高く引き上げて細い脛を出し
  12. `よりによりに夜のふけて、さりにさりにさむきと、ふりちうふぐりを、ありちうあぶらん
  13. `と言って庭火の回りを三度ばかり走ろうと思う
  14. `どうだろう
  15. `と言うと、行綱は
  16. `それもいいでしょう
  17. `しかし、帝の御前で細脛をむき出して
  18. `ふぐりを炙ろう
  19. `などとは、まずくはないでしょうか
  20. `と言うので、家綱は
  21. `そうか、そう言うか
  22. `ならば別のことをしよう
  23. `いい申し合せができた
  24. `と言った
  1. `殿上人らは仰せを承っていたので
  2. `今夜はどんなことをするのだろう
  3. `と目を輝かせて待っていると、雅楽の舞人の長が
  4. `家綱召す
  5. `と召すと、家綱が出て、たいしたこともせずに引っ込んだところ、帝をはじめ、皆特に言うこともなげであったので、人長は再び進み出
  6. `行綱召す
  7. `と召し、行綱が、実に寒そうな様子で膝を股までかき上げ、細脛を出してわななき、寒そうな声で
  8. `よりによりに夜の更けて、さりにさりに寒きと、ふりちうふぐりをありちうあぶらん
  9. `と言って庭火の周りを十辺ほど駆け回ると、帝から下々の者らまで笑いどよめいた
  1. `家綱は、片隅に隠れて
  2. `彼奴にまんまと謀られてしまった
  3. `と言って、仲違いをすると、目も合わせずに過ごしていた
  4. `謀られたのは憎いが、このままでいるのはよくない
  5. `と思い、行綱に
  6. `今回はあれだけのことだ
  7. `とはいえ、兄弟の仲違いはつべきにあらず
  8. `と伝えると、行綱も喜んで、赴いて仲直りをした
  1. `賀茂の臨時の祭りの後の宴に御神楽があるので、行綱は家綱に
  2. `人長が召したてる時、竹台のもとへ寄ってざわざわ音を立てますから
  3. `あれはなんする物ぞ
  4. `と囃してください
  5. `その時
  6. `竹豹ぞ、竹豹ぞ
  7. `と言って豹の真似を目一杯やります
  8. `と言うので、家綱が
  9. `ことにもあらずてのきいはやさん
  10. `と承知した
  1. `そして、人長が立ち進み
  2. `行綱召す
  3. `と言うと、行綱はやおら立ち上がり、竹の台のもとに寄って這い回り
  4. `あれはなにするぞや
  5. `と言ったらそれに続いて
  6. `竹豹
  7. `と言おう
  8. `と待っていると、家綱が
  9. `あれは何ぞの竹豹ぞ
  10. `と問うたので、言おうと構えていた竹豹を先に言われ、言うべきことばを失い、いきなり逃げて走りこんできた
  11. `このことが帝まで届くと、却っておおいにお笑いになったという
  12. `先に行綱に謀られた仕返しだ
  13. `と言った