(三九)虎の鰐取りたる事

現代語訳

  1. `これも昔の話、筑紫の人が行商に新羅へ渡った折、商いを終えて帰る途中、山裾に沿い、舟に水を汲もうと水の流れ出ているところに舟を停め、水を汲んでいた
  2. `そのとき、舟に乗っていた者が、舟べりにうつ伏して海を見れば、山の影が映っていた
  3. `三・四十丈余はある高い岸の上に、虎が身をすくめて何かを狙っていた
  4. `その影もまた水に映った
  5. `それを見て人々に告げ、水を汲んでいる者を急いで呼び乗せると、手に手に櫓を漕いで、急いで舟を出した
  6. `そのとき、虎が躍りかかって舟に乗り込もうとしたが、舟はその前に出ていた
  7. `虎が落ちてくるにはまだ間があって、あと一丈ほどというところで降りきれず、海に落ちた
  8. `舟を漕ぎ、急いで進みながら、虎を目を凝らして見ていた
  1. `しばらくすると、虎は海から出て来た
  2. `泳いで陸へ上り、汀の平たい石の上に上ったところを見てみれば、左の前脚を膝から食いちぎられて、血が滴っていた
  3. `鰐に食いちぎられたんだ
  4. `と見るうちに
  5. `その切れたところを水に浸して伏せる様子をどうするのか
  6. `と見るうちに
  7. `沖の方から鰐が虎をめがけて来る
  8. `と見るうちに、虎が、右の前脚で鰐の頭に爪を立て、陸に向かって投げ上げれば、一丈ほど浜へ投げ上げられた
  1. `仰向けになってばたばたしている下顎の下に躍りかかり、咬みついて二度三度振り回し、萎えさせて肩にかけ、手を立てたような五六丈はある巌を、三本脚で下り坂を走るが如くに駆け上って行けば、舟の内の者らはこれの仕業を見て半ば気絶した
  2. `舟に飛びかかられたら、鋭い剣や刀を抜いて立ち向かっても、これほど力強く素早くては、防ぎようがない
  3. `と思うに、身も心も失って、舟漕ぐ先さえわからぬまま、筑紫には帰ってきたという