三二一同僧正大岳の岩祈り失ふ事
現代語訳
- `昔、静観僧正は比叡山の西塔の千住院という所に住まわれていた
- `そこは南向きで、大嶽を見守る場所であった
- `大嶽の北西の急斜面に大きな岩があった
- `その岩の有様は、龍の口を開けた姿に似ていた
- `その岩の筋向いに住む僧たちは短命で、数多く死んだ
- `しばらくは
- `どうして死ぬのだろうか
- `と得心がいかずにいたが
- `この岩があるせいだ
- `と言うようになった
- `そして、この岩を
- `毒龍の岩
- `と名づけた
- `これにより、西塔は荒れに荒れてしまった
- `千手院にも多くの死者が出、住みづらくなった
- `この岩を見れば、本当に龍が大口を開いた姿に似ている
- `人の言うことは、たしかにもっともだ
- `と僧正は思われ、この岩の方に向かって、七日七夜、加持祈祷を行なうと、七日目の夜半に、空が曇り、激しい地震があった
- `大嶽には黒雲がかかって見えない
- `しばらくすると、空は晴れた
- `夜が明けて、大嶽を見れば、毒龍の岩は砕け散ってなくなっていた
- `それより後、西塔に人が住んだが、祟りはなかった
- `西塔の僧たちは、件の座主を今でも尊び、拝んでいると語り伝えられている
- `不思議なことである