一七(四九)小野篁広才の事

原文

  1. `今は昔小野といふ人おはしけり
  2. `嵯峨の御門の御時に内裏に札をたてたりけるに
  3. `無悪善
  4. `と書きたりけり
  5. `御門篁に
  6. `読め
  7. `と仰せられたりければ
  8. `読みは読み候ひなん
  9. `然れど畏れにて候へばえ申し候はじ
  10. `と奏しければ
  11. `ただ申せ
  12. `と度々仰せられければ
  13. `さがなくて善からん
  14. `と申して候ふぞ
  15. `されば君を呪ひ参らせて候ふなり
  16. `と申しければ
  17. `放ちては誰か書かん
  18. `と仰せられければ
  19. `さればこそ申し候はじ
  20. `とは申して候ひつれ
  21. `と申すに御門
  22. `さてなにも書きたらん物は読みてんや
  23. `と仰せられければ
  24. `何にても読み候ひなん
  25. `と申しければ片仮字のね文字を十二書かせ給ひて
  26. `読め
  27. `と仰せられければ
  28. `ねこのこの子ねこししのこの子じし
  29. `と読みたりければ御門微笑ませ給ひて事なくてやみにけり