一 他の兵法にはやきを用いる事

現代語訳

  1. `兵法の
  2. `はやい
  3. `というのは、実の道ではない
  4. `はやい
  5. `というものは、物事の拍子の間と合わぬために
  6. `はやい
  7. `遅い
  8. `というのである
  9. `その道の上手になって後は、はやく見えぬものである
  1. `たとえば人には
  2. `はや道すなわち道急または飛脚
  3. `といって、四十里・五十里行く者もある
  4. `これも朝から晩まではやく走るわけではない
  5. `道の不堪な者は一日走るようでも行かぬものである
  6. `乱舞すなわち能・猿楽等の道で、上手の謡う曲に下手が付けて謡えば、遅れ気味になっていそがしいものである
  7. `また、鼓・太鼓で
  8. `能の老松
  9. `を打つ際、静かな調子であっても、下手はこれにも遅れ、焦って急ぎがちになる
  10. `高砂
  11. `は急な調子であるが、はやいというのはまずい
  12. `はやきはこける
  13. `といって、間に合わない
  14. `もちろん遅いのもまずい
  15. `これも上手のすることは、ゆったりと見えて間が抜けていないのである
  16. `諸事仕慣れた者のすることはいそがしく見えぬものである
  1. `この譬えを以て道の理を知るべし
  2. `殊に兵法の道において、はやいというのはまずい
  3. `その子細であるが、これも所によって、沼・湿地などにおいて身体・足共にはやく行きにくい
  4. `太刀はいよいよはやく斬ることができない
  5. `はやく斬ろうとすれば扇・小刀のようにはいかず、ちゃっと手早く斬れば少しも斬れぬものである
  6. `よくよく研究すべし
  1. `大分の兵法にあっても
  2. `はやく急ぐのはまずい
  3. `枕をおさえる
  4. `つもりであれば少しも遅いことはないのである
  5. `人のむやみにはやいことなどには
  6. `背く
  7. `といって、静かになり、人に合わせぬところが肝要である
  8. `これは心の工夫鍛錬あるべきことである