(一八六)頼時が胡人を見たる事

現代語訳

  1. `これも昔の話、胡国というのは、唐よりもはるか北にあると聞くが
  2. `奥州の地とつながっているのだろうか
  3. `と、宗任法師という筑紫にいた人が語ったことがある
  4. `この宗任の父は安陪頼時という陸奥の武者で、朝廷に従わないということで、攻めようとしていた折
  5. `いにしえより今にいたるまで、朝廷に勝利した者はいない
  6. `我は過ちなどないと思っているが、責めをのみ被り、晴らすべきすべもないし、よいことに、奥の地から北に見渡せる地があるという
  7. `そこに渡って様子を見、暮らせそうな所であったら、我に従う人を全員連れて移り住もう
  8. `と言って、まず舟を一艘用意し、それに乗って、頼時、厨川の二郎、鳥海の三郎、そしてまた親しい家来ら二十人ほどが、食糧・酒などを多く積み込み漕ぎ出せば、見渡せるほどに近かったので、いくらも行かないうちに渡り着いた
  1. `左右は遥かなる葦原であった
  2. `大きな川の港を見つけて、その港に舟を入れた
  3. `人影はないかと見渡したが、気配はない
  4. `陸に上れそうな所はあるかと見たが、葦原で人の踏み分けた跡もなかったので、どこかに人気のあるところはないかと川を七日も遡って行った
  5. `それでも、ずっと同じ様子なので
  6. `これは驚いた
  7. `と、さらに二十日ほど上ったが、人の気配はなかった
  1. `三十日ほど上ったときのこと、地響きがしたので
  2. `何事だろう
  3. `と恐ろしく、葦原に隠れて、響いてくる方を覗いてみると、胡人であると描かれた絵のような姿をした、赤い物で頭を結った者らが馬に乗って現れた
  4. `これはいったい何者か
  5. `と見ていると、続いて無数に現れた
  6. `川原の辺に集合して、聞いたこともない言葉を喋り合い、川にばらばらと乗り入れて渡って行ったが
  7. `千騎ほどはあるように見えた
  8. `その足音の響きが、遥か遠くまで聞こえたのである
  9. `徒歩の者を馬に乗った者のそばに引き付けつつ渡るので
  10. `そこが歩いて渡れる所らしい
  11. `と見た
  12. `三十日ほど上ったのに、一か所も浅瀬がなかったが、川ならば
  13. `あそここそ渡瀬だ
  14. `と見て、人が去った後で近づいて見れば、同じように、底も知れぬ淵であった
  15. `馬筏を作って泳がせ、徒歩の者はそれにつかまって渡ったのだろう
  16. `さらに上ってもきりがないように思え、恐ろしくて、そこから引き返した
  17. `そして、いくらも経たないうちに頼時は世を去った
  18. `ゆえに
  19. `胡国と日本の東の奥の地は差し向かっているようだ
  20. `と語った