(一六七)出雲寺別当の鯰になりたるを知りながら殺して食ふ事

現代語訳

  1. `昔、都の北に上出雲寺という寺を建ててから長い年月が過ぎ、御堂も傾いてしまったが、きちんと修理する人もなかった
  2. `その付近に別当がいた
  3. `その名を
  4. `上覚
  5. `といった
  6. `前の別当の子である
  7. `代々妻子を持った法師が寺務をした
  8. `いよいよ寺は壊れ、荒れ果てた
  1. `ここは、伝教大師が唐で天台宗を広めるための場所を選んだ折、この寺の場所を絵に描いて遣わしたところである
  2. `高尾山・比叡山・上出雲寺の三つのうち、どこがよいだろうか
  3. `と思案した際
  4. `この寺の地は他よりもすばらしいが、僧の素行が乱れるだろう
  5. `ということでやめた場所である
  6. `たいへん尊い場所であるのに、どういうわけかこのようになり果て、悪くなってしまった
  1. `そんな折、上覚が夢を見た
  2. `自分の父である前の別当が、たいへん老い、杖をついて現れて
  3. `明後日未の刻に大風が吹き、この寺が倒れる
  4. `その時我はこの寺の瓦の下で三尺ほどの鯰になっている
  5. `行き場もなく、水も少なく、狭く苦しい場所でひどくつらい思いをしている
  6. `寺が倒れたとき、こぼれて庭を這い回るが、子供が殺そうとする
  7. `その時おまえの前に行こうとする
  8. `子供に叩かせず、賀茂川に放してくれ
  9. `そうすれば、広々とした思いができる
  10. `豊かな水の中へ行けば助かる
  11. `と言った
  1. `夢から覚めて
  2. `こんな夢を見た
  3. `と語れば
  4. `どういうことなのだろう
  5. `と言い合って日が暮れた
  1. `その日になり、午の刻を過ぎると、俄に空がかき曇り、木を折り、家を壊す風が吹きはじめた
  2. `人々は慌てて、家などを補強しつつ騒いでいたが、風はいよいよ勢いを増し、村里の家などをみな吹き倒し、野山の竹や木なども倒れ折れた
  3. `この寺は本当に未の刻頃に吹き倒されてしまった
  4. `柱は折れ、棟は崩れて、手の施しようもなかった
  5. `裏板の中には長年の雨水が溜まっており、大きな魚などもたくさん入っていた
  6. `付近の者らが桶を提げ、みなかき入れようと騒いでいると、三尺ほどの鯰がじたばたと庭へ這い出てきた
  7. `夢のとおり上覚の前に来たが、上覚は気づきもせず、魚が大きく美味そうなことに我を忘れて、大きな鉄の杖を持ち、頭に突き立てると、長男を呼び
  8. `これを
  9. `と言えば、魚が大きくて仕留められないので、草刈鎌というものを持って、えらを掻き切って物に包ませ、家に持って帰った
  1. `そして他の魚などを集めて桶に入れ、女らに頭に載せて運ばせ自分の坊へ帰ると、妻が
  2. `この鯰は夢に見た魚でしょう
  3. `どうして殺してしまったのですか
  4. `と気を悪くしたが
  5. `他の子供らが殺したって同じことだ
  6. `かまわん
  7. `おれは
  8. `などと言って
  9. `他人を交ぜずに、長男・次男らが食ったら亡き父上もさぞかし嬉しいだろう
  10. `と、ぶつぶつと切って鍋に入れて煮て食い
  11. `妙だな、どういうわけだ
  12. `他の鯰よりも味わいがいいが、亡き父上の肉だから美味いんだろうな
  13. `この汁をすすれ
  14. `などと旨がって食べていると、大きな骨が喉に刺さって
  15. `おえおえ
  16. `と言って戻そうとしたが、すぐに出ず、痛み苦しんで、ついには死んでしまった
  17. `妻は気持ち悪がって鯰を食わなくなったという