二四厚行死人を家より出す事

現代語訳

  1. `昔、右近将監・下野厚行という者がいた
  2. `競馬によく乗った
  3. `帝をはじめとして、実に評判が高かった
  4. `朱雀院の時代から村上天皇の時代にかけては、盛んに重用された舎人で、世間でも認められていた
  5. `年老いてからは、西の京に住んでいた
  1. `隣人が突然死んだので、厚行が弔いに行って、その子に会い、お悔やみなど語っていたとき
  2. `この死んだ親を出すのですが、門が悪い方角を向いているのです
  3. `とはいえ、このままではおかれません
  4. `やはり門から出さねばなりません
  5. `と言うのを聞き、厚行が
  6. `悪しき方角から出すのはよろしくありません
  7. `それに、多くの御子孫のためにも実に忌まわしいものです
  8. `我が家と間の垣根を壊して、そこからお出ししましょう
  9. `ご存命中は、折に触れて情けをかけてくださる方でした
  10. `このような時にその恩をお返しせねば、他になにをもって報いることができましょう
  11. `と言えば、子供が
  12. `何事もない人の家から出すなど、すべきではありません
  13. `忌むべき方角であろうとも、我が家の門から出すことにします
  14. `と言ったが
  15. `過ちを犯されますな
  16. `とにかく我が家の門から出しましょう
  17. `と言って帰った
  1. `そして自分の子供に
  2. `隣の主が亡くなり、いとおしくてお悔やみに行くと、あの子供が
  3. `忌むべき方角でも、門がひとつしかないのでここから出そう
  4. `と言ったから、いとおしく思って
  5. `間の垣根を取り壊して、我が家の門から出しなさい
  6. `と話してきた
  7. `と言うと、妻子はこれを聞き
  8. `妙なことをなさる親だこと
  9. `立派な穀断ちの聖ですらそのようなことをする人はないでしょう
  10. `我が身を考えないと言っても、我が家の門から隣の死人を出す人がありましょうか
  11. `返す返すもあるまじき行為です
  12. `とみな非難した
  13. `厚行は
  14. `つまらぬことを申すでない
  15. `俺に任せて、まず見ていてくれ
  16. `物忌みして神妙に忌む奴は、命も短くて、物事もうまくいかない
  17. `なにも物忌みしない者のほうが長生きして子孫も栄えるのだ
  18. `やたらと物忌みしたり、神妙になったりするのは人とは言わん
  19. `恩を思い知り、我が身を忘れることこそ人というのだ
  20. `天の神様もお恵みくださろう
  21. `だから、つまらぬことをぐずぐず言うな
  22. `と、下人を呼び、家の間の檜垣をひたすら壊しに壊して、そこから出させた
  1. `さて、そのことは、世間にも知れ渡り、目上の者たちもあきれながらもお誉めになった
  2. `その後、九十歳まで長生きして死んだ
  3. `その子供たちも、皆寿命が長くて、下野氏の子孫は舎人の中にもずいぶんいるという