二〇(一五五)遣唐使の子虎に食はるる事

原文

  1. `今は昔遣唐使にて唐土に渡りける人の十ばかりなる子をえ見であるまじかりければ具して渡りぬ
  2. `さて過ぐしけるほどに雪のいと高く降りたりける日歩きもせで居たりけるにこの児の遊びに出でて往ぬるが遅く帰らざりければ怪しと思ひて出でて見れば足がた後の方から蹈みて行きたるに添ひて大きなる犬の足蹟ありてそれよりこの児の足蹟見えず
  3. `山ざまに行きたるを見て
  4. `これは虎の食ひて往きけるなめり
  5. `と思ふにせん方なく悲しくて太刀を抜きて足蹟を尋ねて山の方に行きて見れば岩屋の口にこの児を食ひ殺して腹をねぶりて伏せり
  6. `太刀を持て走り寄ればえ逃げても往かで掻い屈まりて居たるを太刀にて頭を打てば鯉の頭を割るやうに割れぬ
  7. `次にまた側ざまに食はんとて走り寄る背中を打てば背骨を打切りてくたくたとなしつ
  1. `さて子をば死にたれども脇にかいばさみて家に帰りたればその国の人々見て怖ぢあざむ事限りなし
  2. `唐土の人は虎に逢ひては逃ぐる事だに難きにかく虎をば打殺して子を取り返して来たれば唐土の人はいみじき事に云ひて
  3. `なほ日本の国には兵の方は双びなき国なり
  4. `でけれど子死にければ何にかはせん