(一〇七)宝志和尚影の事

原文

  1. `昔もろこしに宝志和尚といふ聖あり
  2. `いみじく尊くおはしければ御門
  3. `かの聖の姿をに書き留めん
  4. `とて絵師三人を遣はして
  5. `もし一人しては書き違ふる事もあり
  6. `とて三人して面々に写すべき由仰せ含められて遣はさせ給ふに三人の絵師聖の許へ参りてかく宣旨を蒙りて参でたる由申しければ
  7. `暫し
  8. `と云ひて法服の装束して出で合ひ給へるを三人の絵師各書くべき絹を広げて三人並びて筆を下さんとするに聖
  9. `暫く
  10. `我が真実の形ありそれを見て書き写すべし
  11. `とありければ絵師左右なく書かずして聖の御影を見れば大指の爪にて額の皮をさし切りて皮を左右へ引き退けてあるより金色の菩薩の顔をさし出でたり
  12. `一人の絵師は十一面観音と見る
  13. `一人の絵師は観音と拝み奉りける
  14. `各見るままに写し奉りて持て参りたれば御門驚き給ひて別の使を給ひて問はせ給ふに掻い消つやうにして失せ給ひぬ
  15. `それよりぞ
  16. `只人にてはおはせざりけり
  17. `と申し合へりける