一〇八山の神

原文

  1. `山の神の乗り移りたりとて占を為す人は所々に在り
  2. `附馬牛村にもあり
  3. `本業は木挽なり
  1. `柏崎の孫太郎もこれなり
  2. `以前は発狂して喪心したりしに、ある日山に入りて山の神より其術を得たりし後は、不思議に人の心中を読むこと驚くばかりなり
  3. `その占ひの法は世間の者とは全く異なり
  4. `何の書物をも見ず、頼みに来たる人と世間話を為し、その中にふと立ちて常居の中をあちこちとあるき出すと思ふ程に、其人の顔は少しも見ずして心に浮びたることを云ふなり
  5. `当らずと云ふこと無し
  6. `例へば
  7. `お前のウチの板敷を取り離し、土を掘りて見よ
  8. `古き鏡又は刀の折れあるべし
  9. `それを取り出さねば近き中に死人あり
  10. `とか
  11. `家が焼くる
  12. `とか言ふなり
  13. `帰りて掘りて見るに必ずあり
  1. `かかる例は指を屈するにへず