原文
- `船越の漁夫何某、ある日仲間の者と共に吉利吉里より帰るとて、夜深く四十八坂のあたりを通りしに、小川のある所にて一人の女に逢ふ
- `見れば我妻なり
- `されどもかかる夜中に独此辺に来べき道理なければ、必定化物ならんと思ひ定め、矢庭に魚切庖丁を持ちて後の方より差し通したれば、悲しき声を立てて死したり
- `暫くの間は正体を現はさざれば流石に心に懸り、後の事を連の者に頼み、おのれは馳せて家に帰りしに、妻は事も無く家に待ちてあり
- `今恐ろしき夢を見たり
- `あまり帰りの遅ければ夢に途中まで見に出でたるに、山路にて何とも知れぬ者に脅かされて、命を取らるると思ひて目覚めたり
- `と云ふ
- `さては
- `と合点して再び以前の場所へ引返して見れば、山にて殺したりし女は連の者が見てをる中につひに一匹の狐となりたりと云へり
- `夢の野山を行くに此獣の身を傭ふことありと見ゆ