三二 象潟
現代語訳
- `海・山・水・陸の明媚な風景を無数に見てきたが、今、象潟に心が逸る
- `酒田の港から東北の方、山を越え、礒を伝い、真砂を踏んでその距離十里、日がやや西に傾く頃、潮風は砂煙を吹き上げ、雨朦朧として鳥海山は霞んで見えず
- `暗中を模索し、蘇軾の『湖上に飲す初め晴れ後に雨ふる』の詩の一節のように、
- `山色空濛として雨もまた奇なり
- `と思えば雨後の晴色もまた楽しみ、と能因法師が象潟を訪ねた折に詠んだ世の中は かくても経けり 象潟の 海人の苫屋を わが宿にしてという歌のように、漁夫の小屋に入って、雨の上がるのを待った
- `翌朝、空はよく晴れて、朝日が華やかに出てきた頃、象潟で舟に乗った
- `まず、能因島に舟を寄せて、能因法師が三年幽居した跡を訪ね、対岸で舟を上がれば、
- `象潟の 桜は波に うづもれて 花の上こぐ あまの釣り舟
- `と詠まれた老木・西行桜が、今年五百年忌を迎えた法師の形見を今に残している
- `入江のほとりに御陵があった
- `神功皇后の御墓であるという
- `寺を干満珠寺という
- `ここへ行幸したなどという話は聞いたことがない
- `どういうことだろうか
- `この寺の本堂に座して簾を巻き上げると、風景が一望でき、東に鳥海山が天を支えるように聳え、その影が海に映り込んでいる
- `南は有耶無耶の関が道を止め、北に堤を築いて秋田へ抜ける道が遥かに見え、海は西に構えて、波の入り込んでくる所を潮越という
- `入江の縦横の距離はそれぞれ一里ほど、面影は松島に似通っているようで、また異なっている
- `松島は笑うがごとく、象潟は恨むがごとし
- `寂しさに悲しみを加えて、その地勢は、越国の美女・西施が胸を患い眉を顰めて妖艶に憂えるような、心を悩ませる様子に似ている
- `象潟や 雨に西施が ねぶの花
- `潮越や 鶴脛濡れて 海涼し
- `祭礼
- `象潟や 料理何食う 神祭
- `曾良
- `蜑の家や 戸板を敷きて 夕涼み
- `美濃国の商人 低耳
- `詩経の『関雎』に関々たる雎鳩は河の洲に在り、窈窕たる淑女は君子の好逑という一節があるが、ここで岩上に雎鳩の巣を見る
- `波越えぬ 契りありてや 雎鳩の巣
- `曾良