二一 末の松山
現代語訳
- `それから、能因法師の歌夕されば 潮風越して みちのくの 野田の玉川 千鳥鳴くなりなどに詠まれた六玉川の一つ・野田の玉川と二条院讃岐の歌我が袖は 潮干に見えぬ 沖の石の 人こそ知らね 乾く間もなしなどに詠まれた沖の石を訪ねた
- `西行法師の歌春なれば ところどころは 緑にて 雪の波越す 末の松山などに詠まれた末の松山は寺が建てられ、
- `末松山
- `という
- `松の木々の間はみな墓地になっていて、
- `天に在っては願わくは比翼の鳥となり、地に在っては願わくは連理の枝となろう、という約束
- `この白楽天の『長恨歌』の玄宗皇帝と楊貴妃のように愛を誓ったその末も、
- `最後はこうなってしまうのか
- `と悲しさも増さり、在原業平の歌君まさで 煙絶えにし 塩釜の うら寂しくも 見えわたるかななどに詠まれた塩釜の浦に夕暮れの鐘を聞く
- `五月雨の空は少し晴れて、夕月夜は仄明るく、籬が島もほど近い
- `漁夫が小舟を漕ぎ寄せて、魚を分別する声々に、
- `みちのくの いづくはあれど 塩釜の 浦漕ぐ舟の 綱手かなしも
- `と詠んだ名も知れぬ古の人の心も偲ばれて、実に趣深い
- `その夜、盲目の法師が琵琶を鳴らし、仙台領に伝わる奥浄瑠璃というものを語る
- `平家物語でもない、幸若舞でもない、鄙びた調子を張りあげて、枕元まで騒がしくはあったが、それでも田舎に伝統が残っていることに感心した