現代語訳

  1. `一 因果の花を知ること
  2. `極意といえよう
  3. `一切は皆因果すなわち何か原因があり、そこから結果が生ずるものである
  4. `初心の頃から培った芸能の数々は因である
  5. `能をきわめ、名望を得ることは果である
  6. `ゆえに、稽古するところの因が疎かでは果を収めることも難しい
  7. `これをよくよく知る必要がある
  8. `また、時分すなわち時の運も用心せよ
  9. `去年盛りがあったならば、今年花の失せ得ることを知るがよい
  10. `短い時の間にも、男時女時というものがあろう
  11. `いかにしようとも、能によい時もあれば必ずまた悪い事もあろう
  12. `これは人の力の及ばぬ因果である
  13. `これを心得て、さして大事でない時の申楽(猿楽)においては、立合勝負にあまり我執・意執を起こさず、骨も折らず、勝負に負けても頓着せず、手控えて、地味に能をしておいて、見物衆も
  14. `これはどうしたことだ
  15. `と興が醒めたところへ、いざ大事の申楽(猿楽)の日に手立に変化をつけて得意な能を精一杯演ずれば、これまた見る人は意表を突かれるから、肝心な立合や大事の勝負には必ずや勝機を得ることがあろう
  16. `これは珍しさの大用である
  17. `これまで悪かった因果あっての好転である
  1. `およそ三日に亘って三庭の申楽(猿楽)があるときは、指寄の一日などは手控えて、三日の内で殊に大切な日と思われる時、よい能で殊に得意なものを丹精込めて演じよ
  2. `一日の内においても、立合などで自然と女時になったならば、初めは手控えて、先方が男時から女時に下がる時を見計らい、よい能を揉みよせて演じよ
  3. `その時分が再びこちらの男時に還る時分である
  4. `ここで能がよく出来たときは、観客はその日の一番とするであろう
  5. `この男時女時であるが、一切の勝負事において、必ずや、一方が色めいて勢いづくことがある
  6. `これを男時と心得るがよい
  7. `勝負の番数が長引けば、交互に遷移を繰り返すであろう
  8. `ある書物に曰く
  9. `勝負神といって、勝つ神と負ける神が勝負の座を必ずや見護って在す
  10. `武芸において最も秘める事である、とある
  11. `敵方の申楽(猿楽)がよく出来たならば
  12. `勝神は敵方に在す
  13. `と心得て、まずおそれ慎しむこと
  14. `時の因果を掌る二神にて在す故、交互に遷移を繰り返し
  15. `再びこちらの時分になる
  16. `と思った時にとっておきの能を演じよ
  17. `これすなわち座敷の内の因果である
  18. `くれぐれも疎かに考えてはならない
  19. `信あれば徳もあろうという諺もあるように、信ずればよい事も起こるであろう