原文

  1. `一 作者の思ひ分くべき事あり
  2. `ひたすらしづかなる本木音曲ばかりなるとまた舞はたらきのみなるとは一向なれば書きよきものなり
  3. `音曲にてはたらく能あるべし
  4. `これ一大事なり
  5. `真実おもしろしと感をなすはこれなり
  6. `聞く所は耳近におもしろき言葉にて節のかかりよくて文字移りの美しくつづきたらんが殊更風情をもちたるを嗜みて書くべし
  7. `この数々相応する所にて諸人一同に感をなすなり
  1. `さるほどにこまかに知るべき事あり
  2. `風情を博士にて音曲をする仕手は初心のところなり
  3. `音曲よりはたらきの生ずるは入りたる故なり
  4. `音曲は聞く所風体は見る所なり
  5. `一切の事はを道にしてこそよろづの風情にはなるべきなれ
  6. `をあらはすは言葉なり
  7. `さるほどに音曲
  8. `
  9. `なり
  10. `風情は
  11. `
  12. `なり
  13. `れば音曲よりはたらきの生ずるは順なり
  14. `はたらきにて音曲をするは逆なり
  15. `諸道諸事において順逆とこそるべけれ逆順とはあるべからず
  16. `返々音曲の言葉のたよりをもて風体を彩り給ふべきなり
  17. `これ音曲はたらき一心になる稽古なり
  1. `さるほどに能を書くところにまた工夫あり
  2. `音曲よりはたらきを生ぜさせんが為書くところをば風情をに書くべし
  3. `風情をに書きてさてその言葉を謡ふときには風情おのづから生ずべし
  4. `れば書くところをば風情を先だててしかもの かかり よきやうに嗜むべし
  5. `さて当座の芸能にいたるときはまた音曲を先とすべし
  6. `かやうに嗜みて入りぬれば謡ふも風情舞ふも音曲になりて万曲一心たる達者となるべし
  7. `これまた作者の功名なり