六七都遷

現代語訳

  1. `治承四年六月三日、福原へ行幸があると噂になった
  2. `この数日、遷都があるという噂はあったが、まさか今日明日とは思ってもみなかった
  3. `と、京中では皆が騒ぎ合った
  4. `遷都は三日の予定であったが、一日繰り上がって二日になった
  1. `二日の卯の刻頃、既に行幸の御輿が用意され、安徳天皇は今年三歳で、まだ幼いため、わけもわからないままにお乗りになった
  2. `天皇が幼くていらっしゃるときには母后が御輿に同乗なさるのだが、これはそうではなかった
  3. `御乳母の帥典侍殿一人が同乗された
  4. `建礼門院殿、後白河法皇、高倉上皇も赴かれた
  5. `摂政・藤原基通殿をはじめ太政大臣以下、公卿や殿上人たちが我も我もとお供された
  6. `平家においては、太政入道をはじめ一門の人々が皆行かれた
  1. `三日、福原へお入りになった
  2. `清盛入道の弟・池中納言頼盛卿の山荘が皇居となった
  1. `四日、頼盛は屋敷を提供した賞として正二位を賜った
  2. `九条殿の御子・右大将良通卿は官位を追い越されてしまった
  3. `摂政の子息が凡人の次男に官位を越えられなさるというのは、これが初めてということであった
  1. `清盛入道はしだいに思い直し、法皇を鳥羽殿の北殿から解放され、都へ還されたが、以仁王の謀反におおいに憤り、再び福原へ御幸させ、四方に板塀をし、入り口をひとつ開けた中に三間の板屋を造って幽閉し奉った
  2. `警護の武士は原田大夫種直だけが控えていた
  3. `たやすく人が行き来することもできないので、童部などは
  4. `牢の御所
  5. `と呼んでいた
  6. `聞くも忌まわしく、ひどいことである
  1. `法皇は
  2. `今は世の政務を執ろうなどとは少しも思っておらぬ
  3. `ただ山々寺々で修行をし、心向くままに癒やしを求めたい
  4. `と仰せになった
  5. `平家の悪行は頂点に達した
  6. `去る安元以来、多くの大臣や公卿を流罪にし、あるいは処刑し、関白までも流罪に処し、己の聟を関白に就け、法皇を鳥羽の城南離宮に幽閉し、さらに第二皇子の以仁王を討ち、悪行をし尽くすつもりで遷都しようとしているのか
  7. `と人々は言い合った
  1. `遷都は先例がなかったわけではない
  2. `神武天皇というのは我が国祖神五代の帝、彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊第四の皇子、御母は玉依姫、海神の娘である
  3. `神の代十二代の後を受け継ぎ、人代百王の帝祖である
  4. `辛酉の年、日向国の宮崎郡において皇位を継承し、五十九年・己未年の十月に東国平定に赴き、豊葦原の中津国に留まり、今は
  5. `大和国
  6. `と名づけられている畝傍山を選んで都を建て、橿原の地を切り開いて皇居を造られた
  7. `これを
  8. `橿原宮
  9. `と名づけた
  1. `それ以来、代々の帝王が都を他の地へ遷されることは三十回を超え、四十回近くに及んだ
  2. `神武天皇から景行天皇までの十二代は大和国の郡々に都を建て、他国へはついに遷されなかった
  3. `しかし成務天皇は元年に近江国に遷って志賀郡に都を建てる
  4. `仲哀天皇二年に長門国に遷り、豊浦郡に都を建てる
  5. `長門国豊浦郡で帝が崩御すると、后の神功皇后が帝位を継承し、女帝として鬼界が島、高麗、契丹まで平定された
  6. `異国の戦を鎮められて帰国した後、筑前国三笠郡において皇子がご誕生、すぐさまその地を
  7. `産宮
  8. `と名づけられた
  9. `口に出すのもおそれ多いが、八幡大菩薩のことである
  10. `即位され、応神天皇となられた
  11. `その後、神功皇后は大和国に遷って磐余稚桜宮に御座した
  12. `応神天皇は同国の軽島明宮にお住まいになた
  13. `仁徳天皇元年に津国難波に遷り、高津宮に御座した
  14. `履仲天皇二年にまた大和国に遷り、十市郡に都を建てた
  15. `反正天皇元年に河内国に遷り、柴垣宮にお住まいになた
  16. `允恭天皇四十二年にまた大和国に遷り、飛鳥の飛鳥宮に御座した
  17. `雄略天皇二十一年に同国の泊瀬朝倉に宮を定められた
  18. `継体天皇五年に山城国綴喜に遷って十二年、その後乙訓に宮を定められた
  19. `宣化天皇元年にまた大和国に遷り、檜隈入野宮にお住まいになた
  20. `孝徳天皇大化元年に摂津国長柄に遷り、豊崎宮に御座した
  21. `齊明天皇二年にまた大和国に遷り、岡本宮にお住まいになた
  22. `天智天皇六年に近江国に遷り、大津宮に御座した
  23. `天武天皇元年にまた大和国に帰り、岡本の南宮にお住まいになた
  24. `これを清見原の帝という
  25. `持統・文武二代の聖朝は藤原宮に御座した
  26. `元明天皇から光仁天皇までの七代は奈良の都にお住まいになた