二〇(一一四)福原落

原文

  1. `平家は小松三位中将維盛卿の外は大臣殿以下妻子を具せられけれども次様の人々はさのみ引きしろふにも及ばねば後会その期を知らず皆うち捨ててぞ落ち行きける
  2. `人はいづれの日いづれの時必ず立ち帰るべしとその期を定め置くだにも久しきぞかし
  3. `況やこれは今日を最後只今の別れなれば行くも留まるも互ひに袖をぞ絞りける
  4. `相伝譜代の誼年比日比の重恩いかでか忘るべきなれば老いたるも若きも皆後ろをのみ顧みて前へは進みもやらざりけり
  5. `或いは磯辺の波枕八重の潮路に日を暮らし或いは遠きを分け嶮しきを凌ぎて駒に鞭打つ人もあり舟に棹さす者もあり思ひ思ひ心々に落ち行きけり
  1. `平家は福原の旧里に着いて大臣殿然るべき侍老少数百人召して宣ひけるは
  2. `積善の余慶家に尽き積悪の余殃身に及ぶが故に神明にも放たれ奉り君にも捨てられ参らせて帝都を出でて旅泊に漂ふ上は何の頼みかあるべきなれども一樹の陰に宿るも前世の契り浅からず同じ流れを掬ぶも他生の縁なほ深し
  3. `況や汝等は一旦従ひ付く門客にあらず累祖相伝の家人なり
  4. `或いは近親の誼他に異なるもあり或いは重代芳恩これ深きもあり
  5. `家門繁昌の古はその恩波によつて私を顧みき
  6. `何ぞ今は芳恩を酬はざらんや
  7. `然れば十善帝王三種神器を帯して渡らせ給へばいかならん野の末山の奥までも行幸の御供申していかにも成らんとは思はずや
  8. `と宣へば老少皆涙を押さへて
  9. `あやしの鳥獣も恩を報じ徳を酬ふ心は候ふなり
  10. `況や人倫の身としていかがその理を存じ仕らでは候ふべき
  11. `就中弓箭馬上に携はる類二心あるを以て恥とす
  12. `況やこの二十余年が間妻子を育み所従を顧み候ふ事も併しながら君の御恩ならずといふ事なし
  13. `然れば日本の外新羅百済高麗契丹雲の果て海の果てまでも行幸の御供仕りいかにも成り候はん
  14. `と異口同音に申したりければ人々皆頼もしげにぞ見給ひける
  1. `さるほどに平家は福原の旧里にして一夜をぞ明かされける
  2. `折節秋の月は下の弦なり
  3. `深更空夜閑にして旅寝の床の草枕露も涙も争ひてただ物のみぞ悲しき
  4. `いつ帰るべしとも覚えねば故入道相国の造り置き給ひし所々を見給ふに春は花見の岡御所秋は月見の浜御所泉殿松陰殿馬場殿二階桟敷殿雪見御所萱御所人々の館共五条大納言国綱卿の承つて造り進ぜられし里内裏鴦瓦玉甃いづれもいづれも三年がほどに荒れ果て旧苔道を塞ぎ秋の草門を閉づ
  5. `瓦に松生ひ垣に蔦繁れり
  6. `台傾いて苔生せり松風のみや通ふらん
  7. `簾絶え閨顕なり月影のみぞ差し入りける
  1. `明けぬれば福原の内裏に火を懸けて主上を始め参らせて人々皆御舟に召す
  2. `都を出だしほどこそなけれどもこれも名残は惜しかりけり
  3. `海士の焼藻の夕煙尾上の鹿の暁の声渚々に寄する波の音袖に宿かる月影千草にすだく蟋蟀のきりぎりす総て目に見耳に触るる事の一つとして哀れを催し心を痛ましめずといふ事なし
  4. `昨日は東関の麓に轡を並べて十万余騎今日は西海の波の上に纜を解いて七千余人雲海沈々として青天既に暮れなんとす
  5. `孤島に夕霧隔てて月海上に浮かべり
  6. `極浦の波を分け潮に引かれて行く舟は半天の雲に遡る
  7. `日数経れば都は既に山川ほどを隔てて雲井の余所にぞ成りにける
  8. `遥々来ぬ
  9. `と思ふにもただ尽きせぬ物は涙なり
  10. `波の上に白き鳥の群れ居るを見給ひては
  11. `かれならん在原の某の隅田川にて言問ひけん名も睦まじき都鳥か
  12. `など哀れなり
  1. `寿永二年七月二十五日に平家都を落ち果てぬ