一四(八〇)都還

原文

  1. `今度の都遷をば君も臣も斜めならず御嘆きあり
  2. `山奈良を始めて諸寺諸社に至るまで然るべからざる由訴へ申したりければさしも横紙を破られし太政入道殿
  3. `さらば都還あるべき
  4. `とて同じき十二月二日俄に都還ありけり
  1. `新都は北は山々に沿うて高く南は海近くして下れり
  2. `波の音常はかまびすしく潮風烈しき所なり
  3. `されば新院いつとなく御悩のみ繁かりければこれによりて急ぎ福原を出ださせおはします
  4. `中宮一院上皇も御幸成る
  5. `摂政殿を始め奉りて太政大臣以下の卿相雲客我も我もと上り給ふ
  6. `平家には入道相国を始め奉つて一門の人々皆上られけり
  7. `さしも憂かりつる新都に誰か片時も残るべきにあらねば我先に我先にとぞ上られける
  8. `両院は六波羅池殿へ御幸成る
  9. `行幸は五条内裏とぞ聞えし
  1. `去んぬる六月より屋ども少々壊ち下し形の如く取り立てられしかども今また物狂はしう俄に都還ありければ何の沙汰にも及ばず皆打ち捨て打ち捨て上られけり
  2. `各宿所も無くして八幡賀茂嵯峨太秦西山東山の片辺に付いて御堂の廻廊或いは社の宝殿など立ち宿つてぞ然るべき人々もましましける
  3. `抑も今度の都遷の本意をいかにと云ふに旧都は山奈良近くして聊かの事にも
  4. `日吉の神輿
  5. `春日の神木
  6. `など云うて濫りがはし
  7. `新都は山隔たり江重なつてほどもさすが遠ければさやうの事も容易かるまじとて入道相国計らひ出だされたりけるとかや
  8. `同じき二十三日近江源氏の背きしを攻めんとて大将軍には左兵衛督知盛薩摩守忠度都合その勢二万余騎近江国へ発向す
  9. `山本柏木錦古里などいふ溢れ源氏共攻め落しそれよりやがて美濃尾張へ越えられける