(七一)早馬

原文

  1. `さるほどに同じき九月二日相摸国の住人大庭三郎景親福原へ早馬を以て申しけるは
  2. `去んぬる八月十七日伊豆国の流人前右兵衛佐頼朝舅北条四郎時政を遣はして伊豆国の目代和泉判官兼高を八牧の館にて夜討に討ち候ひぬ
  3. `その後土肥土屋岡崎を始めとして三百余騎石橋山に楯籠つて候ふ処を景親御方に志を存ずる者共一千余騎を引率して押し寄せて攻め候へば兵衛佐僅かに七八騎に討ち成され大童に戦ひなつて土肥の杉山へ逃げ籠り候ひぬ
  4. `畠山五百余騎で御方を仕る
  5. `三浦大介が子共三百余騎で源氏方して湯井小坪浦で攻め戦ふ
  6. `畠山軍に負けて武蔵国へ引き退く
  7. `その後畠山が一族河越稲毛小山田江戸葛西惣じて七党の兵共悉く起り合ひ都合その勢三千余騎三浦衣笠の城に押し寄せて一日一夜攻め候ひしほどに大介討たれ候ひぬ
  8. `子共は皆九里浜浦より船に乗つて安房上総へ渡り候ぬ
  9. `とこそ人申しけれ