(五五)薬師寺別当の事

現代語訳

  1. `昔、薬師寺の別当僧都という人がいた
  2. `別当はしていたが、寺の物を使うこともなく、極楽に生まれることのみを願っていた
  3. `年老いて病み、臨終を迎えるとき、念仏を唱えながら逝こうとした
  4. `息を引き取るかと見えたとき、持ち直すと、弟子を呼び
  5. `見てわかるように、念仏を一心に唱えて死に臨み、極楽からのお迎えが着くのを待っていたのだが、極楽のお迎えは見えず、火の車を遣してきた
  6. `これは何事か、こんなことは考えられない
  7. `何の罪で、地獄から迎えが来たのか
  8. `と言うと、車に付いた鬼どもは
  9. `この寺の物を、ある年、米五斗借りて、まだ返さぬからその罪迎えに来たのだ
  10. `と言うそこで
  11. `その程度の罪で地獄に落ちるいわれはない
  12. `すぐそれを返す
  13. `と言ったら
  14. `火車を寄せて待っている
  15. `だから、急いで米一石を読経料として供えよ
  16. `と言うので、弟子どもは慌てふためき、言われるままに供えた
  17. `その鐘の音がする中、火車は帰った
  1. `さて、しばらくして
  2. `火車が帰って、極楽の迎えが今こちらにおいでだ
  3. `と、手をすり合わせて喜びながら息を引き取った
  4. `かの坊は、薬師寺大門の北の脇にある
  5. `いまだなくならずにある
  6. `その程度の物を使っただけなのに火車が迎えに来た
  7. `ましてや、寺の物を好き放題使っていた寺々の別当なら、地獄から迎えが来ることは想像に難くない