一九 家の盛衰
原文
- `孫左衛門が家にては、或日梨の木のめぐりに見馴れぬ茸のあまた生えたるを、
- `食はんか食ふまじきか
- `と男共の評議してあるを聞きて、最後の代の孫左衛門、
- `食はぬがよし
- `と制したれども、下男の一人が云ふには、
- `如何なる茸にても水桶の中に入れて苧殻を以てよくかき廻して後食へば決して中ることなし
- `とて、一同此言に従ひ家内悉く之を食ひたり
- `七歳の女の児は其日外に出でて遊びに気を取られ、昼飯を食ひに帰ることを忘れし為に助かりたり
- `不意の主人の死去にて人々の動転してある間に、遠き近き親類の人々、或は
- `生前に貸あり
- `といひ、或は
- `約束あり
- `と称して、家の貨財は味噌の類までも取り去りしかば、此村草分の長者なりしかども、一朝にして跡方も無くなりたり