二一一五六ある上達部中将の時召人に逢ふ事
現代語訳
- `昔、ある上達部がまだ近衛中将だった頃、内裏へ参る道すがら、法師を捕らえて連れて行くので
- `これは何をした法師か
- `と尋ねさせると
- `長年仕えていた主を殺した者です
- `と言うので
- `実に罪深いことをしたものだ
- `ひどいことをした奴だな
- `と、何気なく呟いて通り過ぎようとすると、この法師が、血走った険しい目つきで睨み上げた
- `つまらぬことを言ったかな
- `と気味悪く思いながら通り過ぎれば、また、男を捕らえて連れて行くので
- `これは何をした者か
- `と性懲りもなく尋ねると
- `人の家に追い入れられたのです
- `男は逃げてしまったので、この者を捕らえて参るのです
- `と言う
- `別に罪はないだろう
- `と捕らえた人を知っていたので頼んで許してやった
- `およそこのような性格の持ち主で、人が悲しい目に遇うにつれ助けた人なので、先の法師も
- `たいした事情でないなら頼んで許してやろう
- `と問い合わせたところ、罪はことのほか重かったために、あのように言ったことを法師は快く思わなかった
- `その後、程なく大赦があり、法師も許された
- `さて、月の明るい夜、人が皆退出したり寝入ったりしていたときのこと、中将が月を愛でて佇みながら、何者かが築地を乗り越え下りるのを見たように思っておられると、何者かが中将を背後から抱えさらって飛ぶように出て行った
- `驚きうろたえ、わけもわからずにいると、恐ろしげな者らが集まって来て、遥かな山の険しく恐ろしい場所へと連れて行き、柴の編んだようなものを高く積み上げたところへ置いて
- `賢しらな真似をする奴はこうしてやる
- `些細なことをむやみに重い罪のように言って悲しい目に遇わせた、その仕返しに炙り殺してやるぞ
- `と、火を山のように焚きつけたので、夢を見ている気分になったが、若くか弱い時分だったので、なにもわからない
- `火はひらすら熱くなり、もうじき死にそうに思えた矢先、山の上から凄まじく鏑矢が射かけられた者どもが
- `なんだなんだ
- `と騒ぐ中、雨降るように射かけてくるので、この者どもも暫くはこちらから射返したが、向こうの方が大勢で、応戦のしようもなかったのか、火のその後も知らず、射散らされて逃げて去ってしまった
- `その時、男が一人現れて
- `どれほど恐ろしく思われたでしょう
- `私は某月某日、捕らえられて行く折、情けをかけていただき、たいへん嬉しく
- `この御恩にお報いせねば
- `と思っておりましたが
- `法師のことは悪く仰せられた
- `との由、日頃狙っているのを見ておりましたので
- `お告げせねば
- `と思いつつも
- `私がこうしておれば
- `と思っておりましたところ、わずかに場を離れた隙に、このようなことになりまして、築地を越えて出たところでお会いはしたのですが、そこで取り返し申せば
- `殿もお怪我などなさるか
- `と思い、ここでこのように射払って取り返し申したのです
- `と言うと、それから馬に乗せ、たしかに元の場所へ送り届けた
- `中将はほのぼのと夜が明ける頃に帰られたのだった
- `大人になられて
- `こんなことに遇ったことがある
- `と人に語られたという
- `四条大納言・藤原公任というのは本当だろうか