一一〇恒政が郎等仏供養の事

現代語訳

  1. `昔、兵藤大夫恒政という者がいた
  2. `それは筑前国山鹿の庄という所に住んでいた
  3. `また、そこに少しの間滞在している人がいた
  4. `恒政の郎等に政行という男がいて
  5. `仏を作り奉り、供養し奉ろうとしている
  6. `と聞き伝わり、恒政のいる所で物を食い酒を飲んで騒いでいるのを
  7. `あれは何をしているのか
  8. `と尋ねさせると
  9. `政行という者が仏供養し奉るのに主のもとであれこれ振舞うのを、仲間の郎党らが食事をしながら騒いでいるのだ
  10. `今日は饗を百膳ほど振舞う
  11. `明日、おぬしの御主人の御料は、恒政がほどなく持参することになっている
  12. `と言う
  13. `仏を供養し奉る人は必ずこのようにするのか
  14. `田舎の者は仏を供養し奉るとき、四・五日前からこういうことをする
  15. `昨日・一昨日は内々に近隣、親類縁者などを呼び集めて行った
  16. `と言うと
  17. `妙なことだな
  18. `と言い
  19. `では明日を待つことにしよう
  20. `と言ってその場は終わった
  1. `夜が明けたので、今か今かと待っていると、恒政が現れた
  2. `これだな
  3. `と思っていると
  4. `さあ、これをどうぞ
  5. `と言う
  6. `案の定だ
  7. `と思っていると、たいしたこともないが、高く大きく盛った物を持ってきては据えていく
  8. `侍の分として、悪くない馳走を一・二膳ほど据えた
  9. `雑色や女たちの分にまで、たくさん持ってきた
  10. `講師の御試として古風な物を据えた
  11. `講師は、この旅する人が連れている僧にしようとしていたのである
  1. `こうして、物を食い酒を飲んだりするうちに、この講師に招かれようとしている僧が
  2. `明日の講師とは承ったものの、どの仏を供養するとは伺っておりません
  3. `何仏を供養し奉るのでしょうか
  4. `仏は数多おいでになります
  5. `承って、説教をしたいものです
  6. `と言うのを、恒政が聞き
  7. `もっともだ
  8. `
  9. `政行はいるか
  10. `と言えば、この仏供養をし奉ろうとする男か
  11. `背が高く、少し猫背で、赤髭を生やし、太刀を帯び、股貫をはいた五十くらいの者が出て来た
  12. `こちらへ参れ
  13. `と言うと、庭の中へ参上したので、恒政が
  14. `かの人は、何仏を供養し奉るのか
  15. `と言うと
  16. `どうして存じましょう
  17. `と言う
  1. `どういうことだ、他に誰が知っているというのか
  2. `もし別の人が供養し奉るとき、ただ供養の事のみをするのか
  3. `と問うと
  4. `そうではございません
  5. `政行まろが供養し奉るのでございます
  6. `と言う
  7. `では、どうして何仏かを知らぬのか
  8. `と言うと
  9. `仏師ならば知っておりましょう
  10. `と言う
  1. `妙な話だが
  2. `たしかに、さもあろう
  3. `さてはこの男、仏が御名を忘れてしまったのだな
  4. `と思い
  5. `その仏師はどこにおるのか
  6. `と問えば
  7. `はい、叡明寺におります
  8. `と言うので
  9. `ならば近い
  10. `呼べ
  11. `と言うと、この男は帰って呼んできた
  12. `太って平べったい顔をした六十くらいの法師であった
  13. `物に心得ているであるように見える
  14. `出て来て、政行に並んでいたので
  15. `この僧は仏師か
  16. `と問えば
  17. `そうです
  18. `と言った
  19. `政行が仏を作ってか
  20. `と問えば
  21. `
  22. `と言う
  23. `幾頭作り奉ったか
  24. `と問えば
  25. `五頭作り奉りました
  26. `と言う
  27. `さて、それは何仏を作り奉ったのか
  28. `と問えば
  29. `知りません
  30. `と答える
  31. `それはどういうことか
  32. `政行は知らぬと言っておる
  33. `仏師が知らず、いったい誰が知っておるというのか
  34. `と言うと
  35. `仏師がどうして知りましょう
  36. `仏師の知りようがありますまい
  37. `と言うので
  38. `では、誰が知っておるのか
  39. `と言うと
  40. `講師の御坊こそ知っておられましょう
  41. `と言った
  42. `これはいかに
  43. `と、集まってげらげら笑うと、仏師は腹を立て
  44. `物の様体もお知らせになりません
  45. `と言って立ち去った
  46. `これはどういうことか
  47. `と尋ねると、実は
  48. `ただ仏を作り奉れ
  49. `と言うので、ただ丸頭で冠のない道祖神のような物を五頭彫りたてて、供養し奉る講師によって
  50. `その仏
  51. `かの仏
  52. `と名を付け奉るということだった
  53. `それを問うて、おかしいながらも
  54. `同じ功徳にもなれば
  55. `と聞いた
  56. `下衆の者どもはこういう変わったことをするものである