二二〇静観僧正雨を祈る法験の事
現代語訳
- `昔、延喜の時代、旱魃があった
- `醍醐天皇が六十人の貴僧を召して大般若経を誦させられ、僧らが護摩の黒煙を立て
- `効験を顕そうと祈ったが、空は晴れわたり、強い日差しが照り続けたので、帝をはじめ、大臣、公卿、百姓人民らは、ひたすらこのことばかりを嘆いた
- `そこで、蔵人頭を召し寄せ、静観僧正に
- `特に思し召されることがある
- `このように、方々にお祈りをさせているが、効験がない
- `座を退き、別の壁のそばに立って祈れ
- `お考えあってのこと、特別に仰せつけるものである
- `と仰せ下されたので、静観僧正は、当時は律師で、上には僧都、僧正、上臈などがいらしたのだが、限りない名誉で、紫宸殿の御階から下りて塀のそばへ行き、北向いに立って、香炉をしっかり握りしめ、額に香炉を当てて、祈請なさると、見る人さえ苦しく思った
- `暑い日で、少しも外へ出られないとき、涙を流し、黒煙をあげて、祈請をなされば、香炉の煙は空へと上り、扇ほどの大きさの黒雲になった
- `公卿は紫宸殿に居並び、殿上人は宣陽殿から立ち見をし、上達部の前駆たちは美福門から覗く
- `そうして見ていると、雲はむらなく大空を塞ぎ、龍神は轟き震え、電光は世界に満ち、車軸のごとく雨が降り、天下はたちまち潤い、五穀豊穣にして、木々はことごとく実を結んだ
- `これを見聞きする人々に敬服をしない者はなかった
- `そうして、帝、大臣、公卿らはたいへん喜んで、僧都になされた
- `不思議なことなので、末の世の物語にこのように記したという