六一一一歌詠みて罪を許さるる事
原文
- `今は昔大隅守なる人国の政をしたため行ひ給ふ間郡司のしどけなかりければ
- `召に遣りて誡めん
- `と云ひて先々のやうにしどけなき事ありけるには罪に任せて重く軽く誡むる事ありければ一度にあらず度々しどけなき事あれば
- `重く誡めん
- `とて召すなりけり
- `此処に召して率て参りたり
- `と人の申しければ先々するやうに仕伏せて尻頭にのぼり居たる人笞を設けて打つべき人設けて先に人二人引きはりて出で来たるを見れば頭は黒髪も交じらずいと白く年老たり
- `見るに打ぜん事いとほしく覚えければ
- `何事に付けてかこれを免さん
- `と思ふに事つくべきことなし
- `過ちどもを片端より問ふにただ老をがうけにて答へ居る
- `いかにしてこれを許さん
- `と思ひて
- `己はいみじき盗人かな
- `歌は詠みてんや
- `と云へば
- `はかばかしからず候へども読み候ひなん
- `と申しければ
- `さらば仕れ
- `と云はれて程もなく戦慄き声にて打出だす
- `年を経て頭の雪は積れどもしもと見るにぞ身は冷えにける
- `と云ひければいみじう哀れがりて感じて免しけり
- `人はいかにも情はあるべし