一一九歌謡

原文

  1. `遠野郷の獅子踊に古くより用ゐたる歌の曲あり
  2. `村により人によりて少しづつの相異あれど、自分の聞きたるは次の如し
  3. `百年あまり以前の筆写なり

橋ほめ

  1. `まゐり来て此橋を見申せや、いかなもをざは踏みそめたやら、わだるがくかいざるもの
  2. `御馬場を見申せや、杉原七里大門まで

ほめ

  1. `まゐり来て此もんを見申せや、ひの木さわらで門立てて、是ぞ目出たい白かねの門
  2. `の戸びらおすひらき見申せや、あらのせだい

  1. `まゐり来てこの御本堂を見申せや、いかな大工は建てたやら
  2. `建てた御人は御手とから、むかしひたのたくみの立てた寺也

小島ぶし

  1. `小島ではひの木さわらで門立てて、是ぞ目出たい白金の門
  2. `白金の門戸びらおすひらき見申せや、あらのせだい
  3. `八つ棟ぢくりにひわだぶきの、におひたるから松
  4. `から松のみぎり左に涌くいぢみ、汲めども呑めどもつきひざるもの
  5. `あさ日さすよう日かがやく大寺也、さくら色のちごは百人
  6. `天からおづるちよ硯水、まつて立たれる

馬屋ほめ

  1. `まゐり来てこの御台所見申せや、め釜を釜に釜は十六
  2. `十六の釜で御代たく時は、四十八の馬で朝草刈る
  3. `其馬で朝草にききやう小萱を刈りまぜて、花でかがやく馬屋なり
  4. `かがやく中のかげ駒は、せたいあがれとがきする

  1. `此庭に歌のぞうじはありと聞く、あしびながらも心はづかし
  2. `われわれはきによならひしけふあすぶ、そつ事ごめんなり
  3. `しやうぢ申せや限なし、一礼申して立てや友だつ

枡形ほめ

  1. `まゐり来てこの枡を見申せや、四方四角枡形の庭也
  2. `まゐり来て此宿を見申せや、人のなさげの宿と

町ほめ

  1. `参り来て此お町を見申せや、竪町十五里横七里、△△出羽にまよおな友たつ

けんだんほめ

  1. `まゐり来てこのけだんを見申せや、御町間中にはたを立前
  2. `まいは立町油町
  3. `けんだん殿は二かい座敷に昼寝すて、銭を枕に金の手遊
  4. `参り来てこの御見申せば、おすがいろぢきあるまじき札
  5. `高き処は城と申し、ひくき処は城下と申す也

橋ほめ

  1. `まゐり来てこの橋を見申せば、この辻に白金のはし

上ほめ

  1. `まゐり来て此御堂見申せや、四方四面くさび一本
  2. `扇とりすず取り、さ参らばりそうある物

家ほめ

  1. `こりばすら小金のたる木に、水のせるぐしになみたち

浪合

  1. `此庭に歌のずはありと聞く、歌へながらも心はづかし
  2. `おんげんべりこおらいべり、山と花ござ是の御庭へさららすかれ
  3. `まぎゑの台に玉のさかすきよりすゑて、是の御庭へ直し置く
  4. `十七はちやうすひやけ御手にもぢをすやくや御庭かかやく
  5. `この御酒一つ引受たもるなら、命長くじめうさかよる
  6. `さかなには鯛もすずきもござれ共、おどにきこいしからのかるうめ
  7. `ぢ申や限なし、一礼申て立や友たつ、

柱懸り

  1. `仲だぢ入れよや仲入れろ、仲たづなけれや庭はすんげない
  2. `すかの子は生れておりれや山めぐる、我等も廻る庭めぐる
  3. `これの御庭におい柱の立つときは、ちのみがき若くなるもの
  4. `松島の松をそだてて見どすれば、松にからするちたのえせもの
  5. `松島の松にからまるちたの葉も、えんがれやぶろりふぐれる
  6. `京で九貫のから絵のびよぼ一〇、三よへにさらりたてまはす

めずぐり一一

  1. `仲たぢ入れろや仲入れろ、仲立なけれや庭すんげなえ
  2. `鹿の子は生れおりれや山廻る、我らもめぐる庭を廻るな
  3. `女鹿たづねていかんとして一二白山の御山かすみかかる
  4. `うるすやな一三風はかすみを吹き払て、今こそ女鹿あけてたちねる
  5. `何と女鹿はかくれてもひと村すすきあけてたつねる
  6. `笹のこのはの女鹿子は、何とかくてもおひき出さる
  7. `女鹿大鹿ふりを見ろ、鹿の心みやこなるもの
  8. `奥のみ山の大鹿はことすはじめておどりでき
  9. `女鹿とらてあうがれて心ぢくすくをろ鹿かな
  10. `松島の松をそだてて見とすれば松にからまるちたのえせもの
  11. `松島の松にからまるちたの葉も、えんがなけれやぞろりふぐれる
  12. `沖のと中の浜す鳥、ゆらりこがれるそろりたつ物

なげくさ

  1. `なげくさを如何御人御出あつた、御人は心ありがたい
  2. `この代を如何な大工は御指しあた、四つて宝遊ばし
  3. `この御酒を如何な御酒だと思し召す、おどにいしが菊の酒
  4. `此銭を如何な銭たと思し召す、伊勢お八まち熊野参の遣ひあまりか
  5. `此紙を如何な紙と思し召す、はりまだんぜ一四かかしま紙か、おりめにそたひ遊はし
  6. `あふぎのお所いぢくなり一五、あふぎの御所三内の宮、内てすめるはかなめなり、おりめにそたかさなる

注釈

著者による注釈

`獅子踊はさまで此地方に古きものに非ず。中代之を輸入せしものなることを人よく知れり
`出羽の字も実は不明なり
りそう
`すずは数珠、りそうは利生か
`こりばすら文字不分明
`雲繝縁、高麗縁なり
`すかの子は鹿の子なり
`ちのみがきは鹿の角磨きなるべし。遠野の獅子踊の面は鹿のやうなり
`ちたは蔦
一〇
`びよぼは屏風なり。三よへは三四重か、此歌最もおもしろし
一一
`めずぐりは鹿の妻択びなるべし
一二
`して、字はてとあり、不明
一三
`うるすやなは嬉しやな也
一四
`播磨檀紙にや
一五
`いぢくなりはいづこなるなり。三内の字不明。仮にかくよめり