一〇一

原文

  1. `旅人豊間根を過ぎ、夜更け疲れたれば、知音の者の家に灯火の見ゆるを幸に、入りて休息せんとせしに、
  2. `よき時に来合せたり、今夕死人あり、留守の者なくて如何にせんかと思ひしところなり、暫くの間頼む
  3. `と云ひて主人は人をびに行きたり
  4. `迷惑千万なる話なれど是非もなく、囲炉裡の側にて煙草を吸ひてありしに、死人は老女にて奥の方に寝させたるが、ふと見れば床の上にむくむくと起直る
  5. `胆潰れたれど心を鎮め静かにあたりを見廻すに、流し元の水口の穴より狐の如き物あり、をさし入れて頻に死人の方を見つめて居たり
  6. `さてこそ
  7. `と身を潜め窃かに家の外に出で、背戸の方に廻りて見れば、しく狐にて首を流し元の穴に入れ後足立てて居たり
  8. `有合はせたる棒をもて之を打ち殺したり

注釈

`下閉伊郡豊間根村大字豊間根