六二天狗

原文

  1. `又同じ人、ある夜山中にて小屋を作るいとま無くて、とある大木の下に寄り、魔除けのサンヅ縄をおのれと木のめぐりに三囲引きめぐらし、鉄砲をに抱へてまどろみたりしに、夜深く物音のするに心付けば、大なる僧形の者赤き衣を羽のやうに羽ばたきして、其木の梢に蔽ひかかりたり
  2. `すはやと銃を打ち放せばやがて又羽ばたきして中空を飛びかへりたり
  3. `此時の恐ろしさも世の常ならず
  1. `前後三たびまでかかる不思議に遭ひ、其度毎に鉄砲をめんと心に誓ひ、氏神に願掛けなどすれど、やがて再び思ひ返して、年取るまで猟人の業を棄つることはずとよく人に語りたり