六一山の霊異

原文

  1. `同じ人六角牛に入りて白き鹿に逢へり
  2. `白鹿は神なりと云ふ言伝へあれば、若し傷つけて殺すことはずば、必ず祟あるべし
  3. `と思案せしが、名誉の猟人なれば世間の嘲りをいとひ、思ひ切りて之を撃つに、手応へはあれども鹿少しも動かず
  4. `此時もいたく胸騒ぎして、平生魔除けとして危急の時の為に用意したる黄金のを取出し、これに蓬を巻き付けて打ち放したれど、鹿は猶動かず
  5. `あまり怪しければ近よりて見るに、よく鹿の形に似たる白き石なりき
  6. `数十年の間山中に暮せる者が、石と鹿とを見誤るべくも非ず、
  7. `全く魔障の仕業なりけり
  8. `と、
  9. `此時ばかりは猟をめばやと思ひたりき
  10. `と云ふ