四二

原文

  1. `六角牛山の麓にヲバヤ、板小屋など云ふ所あり
  2. `広き萱山なり
  3. `村々より刈りに行く
  1. `ある年の秋飯豊村の者ども萱を刈るとて、岩穴の中より狼の子三匹を見出し、その二つを殺し一つを持ち帰りしに、その日より狼の飯豊衆の馬を襲ふことやまず
  2. `の村々の人馬には聊かも害をなさず
  3. `飯豊衆相談して狼狩を為す
  4. `其中には相撲を取り平生力自慢の者あり
  1. `さて野に出でて見るに、雄の狼は遠くにをりてらず
  2. `雌狼一つ鉄と云ふ男に飛び掛りたるを、ワツポロを脱ぎて腕に巻き、矢庭に其狼の口の中に突込みしに、狼之を噛む
  3. `猶強く突き入れながら人をぶに、誰も誰も怖れて近よらず
  4. `其間に鉄の腕は狼の腹まで入り、狼は苦しまぎれに鉄の腕骨を噛み砕きたり
  1. `狼は其場にて死したれども、鉄も担がれて帰り程なく死したり

注釈

`ワツロは上羽織のことなり