二九天狗

原文

  1. `鶏頭山は早池峰の前面に立てる峻峰なり
  2. `麓の里にては又前薬師とも云ふ
  3. `天狗住めりとて、早池峰に登る者も決して此山は掛けず
  1. `山口のハネトと云ふ家の主人、佐々木氏の祖父と竹馬の友なり
  2. `極めて無法者にて、にて草を刈り鎌にて土を掘るなど、若き時は乱暴の振舞のみ多かりし人なり
  1. `或時人と賭をして一人にて前薬師に登りたり
  2. `帰りての物語に曰く、
  3. `頂上に大なる岩あり、其岩の上に大男三人居たり
  4. `前にあまたの金銀をひろげたり
  5. `此男の近よるを見て、気色ばみて振り返る、その眼の光極めて恐ろし
  6. `早池峰に登りたるがに迷ひて来たるなり
  7. `と言へば、
  8. `然らば送りて遣るべし
  9. `とて先に立ち、麓近き処まで来り、
  10. `眼を塞げ
  11. `と言ふままに、暫時そこに立ちて居る間に、忽ち異人は見えずなりたり
  12. `と云ふ