二八山男

原文

  1. `始めて早池峰に山路をつけたるは、附馬牛村の何某と云ふ猟師にて、時は遠野の南部家入部の後のことなり
  2. `其頃までは土地の者一人として此山には入りたる者無かりし也
  1. `この猟師半分ばかり道を開きて、山の半腹に仮小屋を作りて居りし頃、或日炉の上に餅を並べ焼きながら食ひ居りしに、小屋の外を通る者ありて頻に中を窺ふさまなり
  2. `よく見れば大なる坊主也
  3. `やがて小屋の中に入り来り、さも珍らしげに餅の焼くるを見てありしが、にこらへ兼ねて手をさし延べて取りて食ふ
  4. `猟師も恐ろしければ自らも亦取りて与へしに、嬉しげになほ食ひたり
  5. `餅皆になりたれば帰りぬ
  1. `次の日も又来るならん
  2. `と思ひ、餅によく似たる白き石を二つ三つ、餅にまじへて炉の上に載せ置きしに、焼けて火のやうになれり
  3. `案の如くその坊主けふも来て、餅を取りて食ふこと昨日の如し
  4. `餅尽きて後其白石をも同じやうに口に入れたりしが、大いに驚きて小屋を飛び出し姿見えずなれり
  1. `後に谷底にて此坊主の死してあるを見たりと云へり

注釈

`北上川の中古の大洪水に白髪水といふがあり、白髪の姥を欺き餅に似たる焼石を食はせし祟なりと云ふ。此話によく似たり