二一昔の人

原文

  1. `右の孫左衛門は村には珍しき学者にて、常に京都より和漢の書を取寄せて読み耽りたり
  2. `少し変人と云ふ方なりき
  1. `狐と親しくなりて家を富ます術を得んと思ひ立ち、先づ庭の中に稲荷の祠を建て、自身京に上りて正一位の神階を請けて帰り、それよりは日々一枚の油揚を欠かすことなく、手づから社頭に供へて拝を為せしに、後には狐馴れて近づけども遁げず
  2. `手を延ばして其首を抑へなどしたりと云ふ
  1. `村に在りし薬師の堂守は、
  2. `我が仏様は何物をも供へざれども、孫左衛門の神様よりは御利益あり
  3. `と、たびたび笑ひごとにしたりと也