原文 `旧家にはザシキワラシ一と云ふ神の住みたまふ家少なからず `此神は多くは十二三ばかりの童児なり `折々人に姿を見することあり `土淵村大字飯豊の今淵勘十郎と云ふ人の家にては、近き頃高等女学校に居る娘の休暇にて帰りてありしが、或日廊下にてはたとザシキワラシに行き逢ひ大に驚きしことあり `これは正しく男の児なりき `同じ村山口なる佐々木氏にては、母人ひとり縫物をして居りしに、次の間にて紙のがさがさと云ふ音あり `此室は家の主人の部屋にて、其時は東京に行き不在の折なれば、怪しと思ひて板戸を開き見るに何の影も無し `暫時の間座りて居ればやがて又頻に鼻を鳴す音あり `さては座敷ワラシなりけり `と思へり `此家にも座敷ワラシ住めりと云ふこと、久しき以前よりの沙汰なりき `此神の宿りたまふ家は富貴自在なりと云ふことなり