一三家の盛衰

原文

  1. `此老人は数十年の間山の中ににて住みし人なり
  2. `よき家柄なれど、若き頃財産を傾け失ひてより、世の中にを絶ち、峠の上に小屋を掛け、甘酒を往来の人に売りて活計とす
  3. `駄賃のは此翁を父親のやうに思ひて、親しみたり
  4. `少しく収入のあれば、町にり来て酒を飲む
  5. `赤毛布にて作りたる半纏を著て、赤き頭巾を被り、酔へば町の中を躍りて帰るに巡査もとがめず
  6. `老衰して後、旧里に帰りあはれなる暮しを為せり
  7. `子供はすべて北海道へ行き、翁唯一人也